28日は未明の報知ニュース配信(「【日本ハム】杉谷拳士が電撃引退、すでに球団に申し入れ了承…11月5日の侍ジャパン戦が最後の雄姿に」)に始まり、午後2時の「涙の前進会見」に至るまで本当に目まぐるしかった。栗山英樹・前監督から花束を受け取り、こらえきれず涙をこぼす姿を見て、やっと杉谷は本当にユニフォームを脱ぐらしいとおなかに落ちる思いがした。スポーツ報知には悪いが、理解できなかったのだ。そんなバカなことはない。あの元気者の杉谷が新球場のこけら落としにいないなんて。何かの間違いだと思った。それか「杉谷拳士はユニフォームを脱ぐけれど、来季からスギノールで登録します(記者全員ズッコケ)」みたいなやつかと思った。

杉谷拳士 ©時事通信社

今、僕は人生最大級にしょんぼりしている

 杉谷に引退は似合わない。じゃ、どんな選手に引退が似合うのかとツッコまれると困るが、「夢をありがとう」も「まだやれるぞ」もぜんぜん似合わない。杉谷拳士という存在は毎日が「夢をありがとう」「今日もやるぞやれるぞ」だ。まぁ、非常にやる気満々ではあるが、実際にはノーヒットで特段、何もやれないことも多い。大谷翔平や村上宗隆とは違うのだ。スーパーヒーローではない。スーパーヒーローではないんだけど、なぜかそこにいるだけで楽しくなる。見ている僕らは元気になる。

 杉谷に引退は似合わない。だから彼は「人生の前進会見」という言い方をした。

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 今、僕は人生最大級にしょんぼりしている。金子誠と武田勝がいなくなるだけで38万8000SBR(単位はしょんぼり)なのだ。そこに杉谷の25万SBRが加わった形だ。50万SBRを超えたら人は温泉地に行って心身を癒さないといけないと聞いている。あるいは東武東上線の大山に金沢おでんを食べに行くべきだとも聞いている。

 杉谷のことをあれこれ考えているうちに、あれ? 杉谷はどんなのだっけ?と思ったのだ。どんなのっていうのは応援歌のことだ。もちろん皆さんご存知の「グラウンドに輝く一番星を その拳あげて掴め 杉谷拳士」がファイターズの正史に残る応援歌だ。ユニークだなぁと思うのはスイッチヒッターの杉谷のために右打席と左打席で違うメロディを用意したことだ。「一番星」は杉谷のイメージとぴったり合っている。名作だと思う。

 ただそれとは違う、歴史に残らないほうの応援歌もあったのだ。それがパッと思い出せない。鎌ケ谷の応援歌なのだ。「せとくん」という鎌ケ谷でだけ活動していた個性的な若者がいて、基本替え歌なんだけど選手の応援歌を次々に発表していた。それがいちいち秀逸なのだ。「せとくん」は立場的にはコールリーダーみたいな感じなのだが、ひょろっと痩せてて内気そうで、ぜんぜんそうは見えない。声もあんまり張らない。たぶん繊細なアーティストっぽいキャラクターだと思う。

このヒザの力が抜ける、のほほんとした応援歌が鎌スタのリアリティだった

 鎌スタに行くと必ず「せとくん」と3、4人の仲間がいて、独特な応援歌を繰り出している。僕はめっちゃ気に入っていた。「せとくん」の気にさわらないように言動に気をつけた。僕の書くものは一応、読んでくれてるようだが、マスコミの図々しい奴だと思われたくない。「せとくん」は何年かして、ふっつり姿を消してしまい、活動期間の短いロックバンドのボーカルみたいなんだけど、その最後の頃が杉谷拳士、中島卓也の鎌ケ谷時代と重なる。拳士も卓もずっと見てきて、1軍で活躍したシーンも様々浮かぶんだけど、不思議といちばんリアリティを持って像を結ぶのは、プロの世界に飛び込んで、もがき続けていた鎌ケ谷の日々だ。暑い暑い鎌ケ谷の夏。鎌スタは今より女性ファンが少なくて、おっさん主体。まばらなスタンドの三塁側に「せとくん」らの一団(といっても4人とか)がまとまっていた。

 僕がいちばん好きだった「せとくん」応援歌は渡部龍一だ。北海道は白老町出身の渋い捕手。

 ♪龍一のアーチを この目で見たい どこか遠くへ打ちたい(「遠くへ行きたい」)

 これは「どこか遠くへ」部分がいい。レフトでもライトでもどこでもいいのだ。

 ♪いつまでもいつまでも 走れ走れ紺田敏正 どこまでもどこまでも 走れ走れ紺田敏正(いすゞのトラックCMソング)