今シーズン終了後に振り返ってみると「ターニングポイント」になるような試合になるかもしれない。6月8日の阪神戦(楽天モバイル)で天国と地獄を味わった男がいる。小郷裕哉である。

 2―0の7回。1点を返され、なおも2死満塁のピンチで近本の打球は右中間へと勢いよく飛んだ。「これはもろた!」と声が飛んできそうな一打に虎党が一斉に沸くなか、小郷は右斜め後ろに猛ダッシュし、紙一重のところで見事にキャッチした。抜けていれば間違いなく走者一掃だったが、本人も目を丸くするようなファインプレーでチームを救った。

小郷裕哉 ©時事通信社

 神捕球から一転して戦犯になりかけた。8回無死一塁。ノイジーの放ったイージーフライをまさかのポロリ。この失策をきっかけに流れが一気に阪神へと傾いた。続く大山の二塁打と渡邉の中犠飛などで一挙3点が相手のスコアボードに刻まれ逆転を許した。

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 ベンチに戻った小郷は放心状態となったが、どん底にいた小郷に救世主が現れた。1点を追う9回。制球の定まらない湯浅から2死一、二塁の好機をつくり出した。ここで打席には小深田が入った。「僕自身も結構ミスしてるのでそれを取り返す気持ちというのは狙ってたので、そういう気持ちもありました」。初球の直球を見事に狙い打ち。打球はホームの歓声に後押しされるように右翼席に飛び込んだ。

 サヨナラ3ラン。ベンチから駆け出し、歓喜の輪に加わった小郷は号泣し、「ありがとうございました」と声を震わせて小深田に感謝した。

 試合後も石井監督が「小郷は嗚咽(おえつ)がすごかった」と言うほど泣きじゃくった。「今度は自分が他の選手を助けられるような選手になりたい」との言葉に、指揮官は「涙を流せるほど野球に没頭しているというのはすごくいいこと」と目を細めていた。ここからチームは4連勝と勢いに乗った。

足りない「何か」を補うために山崎に弟子入りを志願

 昨季は自己最少の10試合の出場にとどまった。「プロはお金を稼いでなんぼ。2軍にいても給料は上がらない。1軍と2軍では注目度やワンプレーの重みが全然違います。1軍と2軍を行ったり来たりしているなかで、『2軍でできていたのに何で1軍でできないんだ』と言われないようにしないといけないと思ってプレーしていました」。準備はできていたが、それでも自分に「何か」が足りなかった。だから1軍から声が掛からなかった。

 その「何か」を補うために変化を求めた。オフは1歳上の同僚・山崎に弟子入りを志願した。試合前のコンディショニングの整え方やプレー中も無駄な力を省くことを教わったことで、新たな発見があった。「自主トレの効果ですか? 今、けがなくプレーできているのもそうです。毎日のコンディションで『やばいな』と思う日がなくなった。去年までは良い時と悪い時の差が大きかった。これまでは、ただ単に能力だけでやっていたんです」。どうすればその日の最大限のパフォーマンスを発揮できるのか、今までは重きを置いていなかった思考が備わった。

 山崎に教えを請い、「試合前に体の状態と向き合うこと」を実践し続けた結果、今季は既に40試合に出場。この調子を維持できれば20年の自己最多58試合も難なく超えるだろう。着実に数字がついてきている。