「オマエの夢を見たぞ。頼むぞ」
「安田やるなあ。ブライアントみたいやなあ」
5月24日のライオンズ戦(ZOZOマリンスタジアム)。期待をかける安田尚憲内野手が3号3ラン、4号3ランと2本塁打。近鉄バファローズOBだけに1989年10月12日、西武球場(当時の名称)で行われた西武ライオンズと近鉄バファローズのダブルヘッダー第1試合でブライアントが46号、47号、48号と3連発を放ち、チームの優勝をたぐり寄せた伝説の名場面を思い返し、最高の賛辞を送った。
ブライアントはダブルヘッダー第2試合でも49号本塁打を放ち、近鉄バファローズは9年ぶりのリーグ優勝を果たした。吉井監督は安田がこのようなチームを優勝に導くような大打者になることを願い、いつも声を掛け続けている。石垣島春季キャンプの時には夢を見たこともあった。午前3時、真っ暗なホテルの自室でハッと目を覚ました。
「どんな夢だったかは覚えていないけど、安田の夢。目が覚めて、もうそこからは眠れなくなった。考え事をして眠れなくなることはよくあるけど、夢を見て、目が覚めて眠れなくなることはあまりない。次の日に夢の記憶なんてなくなるけど、野球の夢もあんまりないと思う。それだけ安田のことを考えていたんかな。才能がある子。なんとかしてファンの皆様が期待をしているようなマリーンズの主軸打者にしたい」
指揮官は眠そうな目をこすりながらそのように振り返った。夢を見て眠れなくなった翌日。さっそく、練習前アップ中に「オマエの夢を見たぞ。頼むぞ」と安田に声を掛けた。「ハイ、頑張ります」。安田は答えた。夢を見たことを大事なコミュニケーションツールに変えて、選手と会話をする。これぞ吉井流である。吉井監督は4月20日生まれで安田は4月15日生まれ。「4月生まれはおっちょこちょいが多い」と吉井監督はいつも笑い、背番号「5」に優しい視線を送る。
「ゆっくり早くね。ワシも現役の時、ふくらはぎを肉離れして治りかけの時に馬券を買いに行って投票締め切りギリギリだったから走ったら、またぶり返した。馬券も当たらへんかったし最悪。失敗したと思った。あれでまた長引いた。だから肉離れとかは治っていけると思ってから5日ぐらいは様子を見た方がいい」
藤原恭大外野手が5月16日のバファローズ戦(ZOZOマリンスタジアム)で右太もも裏を痛め翌17日に登録抹消した際に声を掛けた際の言葉。一日でも早く復帰したいと焦る気持ちを抑えてもらうため、あえて自身の現役時代の失敗体験を面白おかしく伝えた。藤原は完治後、シュアな打撃と華麗なる守備でチームを勝利に導く働きを続けている。
“まず相手の話を聞く”という指導者としてのポリシー
「グレートでなくていい。グッドでいい」
吉井監督が投手コーチ時代からよくピッチャーにかける言葉だ。マウンドにあがるとピッチャーはどうしても完璧な投球を追い求め、結果、苦しくなる。実際、一年間で完璧な投球が出来るのは、数えても数回あるかないかだ。
だからこそ、いつも多少、ゆとりをもった結果を選手たちに目指して欲しいと考えている。6月18日の横浜戦(横浜スタジアム)で2敗目を喫して試合後、誰もいなくなったロッカーで一人、残っていた佐々木朗希にも同様の趣旨の言葉をかけた。
「ファイターズで投手コーチをしていた時に完璧を求めるあまりに苦しい投球が続く投手に『バカボンのパパのようになれ』と声をかけたこともあった。その意味? バカボンのパパのように『これでいいのだ!』と言いながら投げてみなさいということ」と吉井監督。ここではその投手の名前は伏せるがその選手は現在もファイターズの主力投手として活躍している。今の選手には多少のジェネレーションギャップを感じる例えではあるが、これも吉井監督の面白みの一つだ。
指導者としてのポリシーがある。自分の考えを一方的に指摘するのではなく、まず相手の話を聞く。まずこちらから言うのではなく聞いてあげることで会話として成立すると考える。
「選手との対等な関係が大事。日本ではどうしても監督と選手となると上下関係を作ってしまうけど、そうではない。関係は対等。だから聞くことから始める。相手の考えを理解してあげることが大事」と、常日頃から語る。
気さくな関西のおっちゃん。それが周囲の感じている吉井監督の印象であろう。だから、ダジャレ多め。昭和のギャグ多めでジェネレーションギャップにハマり気味。それがまた親近感を感じる。なによりも、やはり監督という高みからマリーンズを見ていないからこそ選手たちは心を開き、信頼関係が生まれ、チームのムードをよくしている。監督室ではなく選手ロッカーのソファーでくつろいでいることもしばしばだ。
さあ、吉井マリーンズが順調に航海を続けている(なお吉井監督は吉井マリーンズと言う表現はひどく嫌う。ワシのチームではない。みんなのチームだと。ただ、この場面での描写としてあえて使用)。前半戦がまもなく終わり、いよいよ勝負の後半戦に突入する。まだまだ多々、待ち構えているであろう、様々な苦難。しかし、このチームなら乗り越えてくれそうな気がする。
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