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中洲の街で1人静かに飲んでいたリーグ優勝の夜

 ピッチャーマウンドでは常に熱く、一方オフの時にはいつも明るく愉快な黒木さんですが、現役時代、意外な表情を、意外な場所で拝見したことがあります。

 忘れもしない2005年10月17日、福岡 Yahoo! JAPANドーム(当時)のプレーオフ第2ステージでソフトバンクを下しリーグ優勝したロッテナインは試合後、当然のごとく中洲の街に繰り出していました。

 そしてこの試合、なんともお恥ずかしい“号泣実況”をした私もスタッフと痛飲。居酒屋、スナック、屋台をハシゴしていったい何軒飲み歩いたのか……。午前5時前になり、さすがにスタッフがホテルに帰ると言い出しました。「そうか、オレはあと一軒だけ行くから」と、単独で向かった先は当時春吉橋のたもとにあった「ケンズキッチン」というカウンターの居酒屋さん。マスターの松本ケンさんが大の釣り好きで親しかったのです。

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「ロッテ、やったね!」とマスター。「サイコーだよ! いやぁ、もう酔いすぎて、一回出来上がって冷めてきた(笑)」そんな話をしていたら少し離れた席に見慣れた顔が。なんと、これまたケンさんの親友・黒木さんが飲んでいたのです。1人で静かに静かに……。

 この年の黒木さんは、わずか登板3試合。8月28日にはチームのプレーオフ進出を決める貴重な勝ち星を稼いでいたものの、プレーオフの登板はなし。2001年以来の肩と肘の故障に悩まされ、悶々とした1年を送ったのです。もちろんそれまでにナインと散々盛り上がってきた後ではありますが、最後に、気の置けないこの店に1人でやってきて何を思っていたのか。傍らに歩み寄って乾杯しましたが、なんとなくまた離れ離れに座りました。

 現役時代、良く言えば大黒柱だった黒木さんは、悪く言えば人柱でした。指導者となった今、後輩にそんな思いをさせないって気持ちは人一倍でしょう。

2人で手を繋いでゴール板を踏んだ東京マラソン

 こんな話ではちょっとしんみりしてしまいますが、黒木さんの感動エピソードをもうひとつ。2009年3月22日、第3回東京マラソンに2人でエントリーしたのです。ニッポン放送の広報ランナーとして第1回大会から出場し続けていた私は、この時が連続3回目。

 当時『ショウアップナイター』の解説者をされていた黒木さんにも広報ランナーとして白羽の矢が立ち、2人で走ることになりました。ですから、この部門では私がほんの少しだけ先輩でした(笑)。トップアスリートとはいえ、マラソンとは無縁だった黒木さんですが、いやはや挑戦する姿勢は真摯そのもの。皇居ランを最初は1周(5キロ)。やがて2、3周と増やしていき、最後は5周(25キロ)走っていましたから頭が下がります。

 ご存じの方も多いかとは思いますが、皇居周りってアップダウンがすごく激しくて普通の5キロよりキツいんです。余談ではありますが、周を重ねる黒木さんと、その度に顔を合わせていた警備の方が、ついに5周目、「頑張っていらっしゃいますね」と声をかけてくれたんだとか。そりゃ何か言いたくもなりますよね(笑)。

 マラソン当日はずっと並走しました。練習を重ねているうちに、たぶん同じくらいのタイムで行けるだろうとなったのです。30キロ地点の佃大橋(新コースでは通らなくなっています)付近で明らかに黒木さんの息が上がってきたのがわかりました。でも、「絶対に歩かない!」と黒木さんは公言されていたのです。

 坂の登りでペースが落ちてきた時、沿道から「黒木、歩くなよ!」と声がかかりました。すかさず血相を変えた黒木さん。「歩いてないですよね? オレ歩いてないですよね??」歩いていません、黒木さんはただの1秒も歩いていませんでした。どんなにゆっくりになっても、両足が、ある瞬間同時に宙に浮いていた……つまり走っていました。おそらく両脚のあらゆる場所は悲鳴を上げていたと思いますが、とてつもない精神力で初志貫徹したのです。

 東京ビッグサイトのゴールは、ちょっと照れくさいけど2人で手を繋いでゴール板を踏みました。タイムは5時間7分くらいだったと思います。そんなのどうでもいいんですよね。「やりましたね、松本さん!」笑顔で力強く握手してくれた黒木さん。こんな男と一緒にマラソンを走れた……。私の大勲章です。そして彼の火事場の馬鹿力は、なんとかマリーンズを救ってくれないものか……。

 佐々木朗希投手の離脱はとてつもなく痛い。でもリハビリで何回も苦い経験をしている黒木コーチは、きっと佐々木朗希投手に最良の処方箋を与えてくれると信じたいです。

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