「ベンチにいる選手、二軍で悔しい思いをしている選手の思いも背負ってやっているつもり」
そんな苦労は殊勲の一打で報われる。8月11日のヤクルト戦(京セラドーム)。同点の8回1死一塁で清水昇のフォークを仕留めた打球は右中間を真っ二つに割った。決して俊足ではない一塁走者の木浪聖也が長駆の末に生還。息詰まる試合展開で迎えた終盤、切り札として起用に応えた男は、お立ち台でまずは仲間を称えた。
「木浪も(足が)もつれながらも走ってくれたんで、セーフになって良かったです」
初回からベンチでグラウンド全体を見つめてきたからこそ、目の前の1球に集中する同僚の姿や1勝をつかみにいく執念を見てきた。だからこそ、巡ってきたその日“唯一の”打席にも力がみなぎる。
「自分はスタメンじゃないベンチにいる選手、二軍で悔しい思いをしている選手の思いも背負ってやっているつもりなんで。そこはずっと変えていない」
レギュラーを張っていた時から変わらぬ信念は、限られた1打席にすべてを懸ける「代打・糸原」でより強固になった。チームの勝利に繋がるならそれがたとえ快打でなくてもいい。5月11日のヤクルト戦は同点の8回1死二、三塁での出番。遊ゴロにギャンブルスタートを切っていた三塁走者の小幡竜平が間一髪滑り込んで決勝点をもぎ取った。
「どんな形でも良いので1点を取れて良かった」
ヒットで返さなくても、泥臭い一本でもぎ取ればいい。指揮官から託されている仕事はこういうことなのだ。数日後、ヘッドスライディングで生還した小幡を遠征先で食事に誘っている。「小幡にあんな熱い“ヘッスラ”されたら飯誘うしかないでしょ」。8学年下の後輩も木浪聖也の躍進でベンチスタートが続く控えメンバーだ。そんな仲間と、会心の勝利を分かち合えることが代打という職業の幸せな部分なのかもしれない。
9月14日の巨人戦。チームは球団最速を更新し18年ぶりのリーグ優勝を決めた。出場機会はなかったものの、歓喜の瞬間が近づくにつれ背番号33はベンチ前で体を揺らし“相棒”のヨハン・ミエセスとともに胴上げ投手となったマウンド上の岩崎優のもとに走った。
「7年目になってチームのことを思うようになってきたんで、それで優勝という形になって良かった」
春の戸惑いは、濃密な1打席の積み重ねで、充実の秋に変わった。
「途中からいく難しさはめちゃくちゃ感じましたし。でも、それで良い経験ができた。途中から出場する選手の気持ちもよく分かったし、良い経験ができた」
代打稼業はまだまだ奥が深い。
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