「なあ、みんな! 古田さんに何か言えるとしたら、なんて言いたい?」
そして6回裏。ガイエルのランニングホームランに興奮冷めやらぬまま、古田選手に打席が回りました。ファンの皆さんの絶叫に近い、ではなくて、絶叫そのものが球場で渦を巻く。
センター付近でサブリードしていた私の頭の中も渦を巻く。
(何を言えばいいのやら)
打球が上がってセンターフライ。アウトになっても、ファンの皆さんは口々に古田選手への感謝を叫んでいる。
(そうか、私の言葉じゃなくて、みんなの言葉じゃなきゃダメなんだ。みんなが伝えたと感じてくれないといけないんだ)
(よし、みんなに聞いてしまえ!)
「なあ、みんな! 古田さんに何か言えるとしたら、なんて言いたい?」
ありがとう、まだやれる、やめないで……etc.人それぞれ違った言葉だけど、たぶん、10秒くらいの間だったと思うけど、その間にあれだけの語彙を、しかも熱量のこもった言葉を浴びせかけられたのは人生で初めてだろうし、今後もないだろうと思います。
「わかった! じゃあ! 伝えてくるわ!」
事情を知らぬファンのみなさんの「は?」みたいな顔をバックに集合場所へ駆け出しました。
カープ佐々岡真司投手が志願の登板、そして最終打席
8回裏。前日が引退試合だった佐々岡真司投手が志願の登板をして、古田選手の最終打席を迎えました。そして、ショートゴロ。両チームと両スタンドから温かい拍手。やっぱり最終戦はカープ戦かベイスターズ戦がいいなぁ……などと思いつつ、試合終了。セレモニーへと突入しました。
そして、かの有名な「また会いましょう!」のスピーチがあり、古田選手が球場を一周し始めるタイミングで、花束を持ってグラウンドに出て、ライトスタンドの前に移動しました(実はあの花束、気づいた人いないだろうけど、赤いバラの花束の真ん中に白いバラで「27」って見えるようにデザインして作ってもらったんです)。
大量の紙テープが自分に飛んでくる!
古田選手がボールをスタンドに投げ入れながら、だんだんとライトスタンドに近づいてくるにつれ、紙テープが投げ込まれている部分も近づいてくる。そして古田選手がすぐ近くにいらっしゃったとき、投げこまれる紙テープがまるで自分に向かって飛んできているように見え、おののきました。
あんなにも大量の紙テープで送り出されるなんて、わずかしかなることのできないプロ野球の選手のなかでも、ほんのひと握りの選手しか体験できない光景なのに、私も体験させていただいていいのだろうか……。
もう二度と、絶対に見ることのできない光景を目に焼き付けて視線を戻すと、目の前に古田選手が。なんだろう、すごい晴れ晴れとした表情だな、やり切ったんだな、と思った瞬間、「やめないで」などとは言えなくなってしまいました。
「来年、私たちが見るスコアボードの中に、あなたの名前が無くなってしまうのが残念です」
花束を渡しながら、やめてしまうことが残念であることと、感謝と、その他さまざまな気持ちを込め言葉を絞り出しました。
「来年、私たちが見るスコアボードの中に、あなたの名前が無くなってしまうのが残念です。ありがとうございました!」
帽子を取って一礼しました。
「おう! ありがとう! ありがとう!」と言い残し、レフト側に進んでいく古田さんの背中を見送る。これで今夜はお役御免……。と思いきやもうひと仕事あることを思い出しました。センター付近のスタンドに戻って、さっきのファンのみなさんに報告しないと終われない。
「伝えてきたよ!」
これが、私の忘れられない引退試合と「試合後の20分」です。
ファンは来る時、少しでも悔いが残らぬように一生懸命応援する
寂しい季節になりました。
プロ野球の選手はどんなに応援していてもチーム事情だけじゃなくてケガで突然引退することだってある。だからこそファンは、いずれ必ず来る引退の時に悔いのないように、いえ、悔いがないなんてありえないですね。少しでも少なくなるように、いま伝えたいことをすべて詰め込んで一生懸命応援するのだと思います。
先程も書きましたが、引退試合をしてもらえる選手は本当にひとにぎりの選手です。でも、たとえ引退試合がなくたって、応援していた、されていた事実と、その選手が努力していた事実は変わらない。ファンの想いは誰も汚すことはできないし、ファン本人は忘れないし、それは無駄になることはない、そんなふうに私は思います。
残り数試合ですが、みんな一緒に、それぞれのできる限りで、一生懸命応援しましょう!
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