榎田、武隈をバイメカに据えた3つの理由
追加で取材をお願いしたのは、球団本部チーム統括部長兼企画室長の市川徹さん。そもそもバイメカが分析に使うトラックマン(弾道計測器)を2016年に導入しようと勧めた一人が市川さんだという。
なぜ、市川さんは榎田さん、武隈さんをバイメカに任命したのだろう?
「榎田も武隈も現役の頃からメカニクス(投球動作)にすごく興味を持っていて、トラックマンを有効活用していたという背景があります。私が野球学会に出たとき、研究者の追求している内容とプロ野球の現場で求められていることにギャップがあるように感じました。元プロであれば、『こういう観点で分析してほしい』と橋渡し役になれるのではと。それが一つ目の理由です。
二つ目の理由はコミュニケーションをスムーズにするためです。研究者が選手やコーチに言うより、元プロが仲介役として入ることで内容がうまく伝わるだろうと。
三つ目はコーチのアップデート。今は栄養士、S&C(ストレングス&コンディショニング)、バイメカなど、いろんなスペシャリストがいますが、一昔前はそれらの役割を全部コーチが担っていたと思います。そういう流れがあるので、いろんな知識をつけてから将来的に指導者になってほしい。二人が指導者になるという確約は何もないですが、候補になってくる人材だと思うので」
おお! やっぱり榎田さん、武隈さんがバイメカを務めていることには特別な意味があった。
市川さんによると、二人はいい意味で期待を裏切っているとか。
「カメラでピッチングの映像を撮影するという、運用面からすごく責任を持ってやってくれています。そうした“泥臭い”仕事を期待していたわけではないですが、頑張ってやってくれている結果、いろんな人の信頼を得られています。おそらく『こういう映像が欲しい』とピッチャーのときから感じていることがあって、率先してやってくれているんだと思います」
バイオメカニクスと聞くと小難しそうなことをやっていそうと思っていたけど、二人が“泥臭い”仕事をしているのが面白い。実際、「バイメカ」にはいろんな側面があると市川さんは説明してくれた。
「我々の中でもバイメカの明確な定義はありません。一般的には『動作解析』というイメージですが、『体の使い方』も『ボールのトラッキング』(回転数や回転軸などを機械で追跡すること)もバイメカと言っているので。そういう中で7人くらいいるバイメカの役割分担は、データや映像を撮る人がいて、トラックマンの定型フォーマットにデータを流して選手と共有する人もいるし、より深い分析をする担当者もいます」
なるほど。バイメカは最新テクノロジーを泥臭く使いこなしながら、コーチや選手がピッチング(パフォーマンス)の理解を深める手伝いをする人のようだ。
バイメカも関わる“構造改革”
市川さんの説明を聞いて思い出したのが、榎田さんと武隈さんが話していたことだった。
「去年の(バイメカの)課題として、選手に直接アドバイスが言えずにバイメカのスピード感が足りなかった。でも、バイメカの上司が報告書のようなシステムを作ってくれて、バイメカ発信で選手に伝えてコーチに報告する仕組みが出来た。こちらから選手に一歩踏み込める“武器”みたいなものを上司が作ってくれたから、コーチとバイメカの言っている事がズレない」
いわゆる“週報”みたいに業務の進捗状況や振り返りをする書類のような形式で、バイメカが選手にどういう話をしたか、どんなアドバイスを送ったのか、一覧にしてコーチ陣と共有するシステムができたそうだ。だからこそ、ファームのコーチたちもバイメカについて学ぼうという意識が強く、両者が相乗効果を生んでいる。市川さんはそう話していた。
やっぱりライオンズ投手陣の躍進の裏には、選手たちも感謝を口にするようにバイメカの存在があった。今季後半に復調した水上投手や田村投手、そして“豆ちゃん”こと豆田泰志投手の躍進に武隈さんのアドバイスがあったのは前回のコラムで取り上げたとおりだ。
僕はプロ野球で長く取材を続けて知ったが、暗黙のルールがある。“コーチ以外”の人が、担当コーチを差し置いて選手にアドバイスする事は“越権行為”とみなされる場合があり、例えばスタッフが選手にとって必要なアドバイスをしたくても自由にしにくい。
僕が生きている芸能界もそうだ。若手芸人さんのネタを見て、「もっとこうしたら更に面白くなるのになぁ」と思っても、「事務所が違うから言うのはやめておこう」となってしまい、もどかしく感じた経験がある。
大袈裟に言えば、そんなもどかしい構造をライオンズのバイメカさんたちは変えているのだ。
誰の意見を優先しなければいけないか……ではなく、アドバイスされる側にとって必要なものを優先する。バイメカという存在は、ライオンズに足りなかったことの一つなのかもしれない。
さらにーー。入稿日の10月13日、榎田さんが来季からファーム投手コーチに就任すると発表された。市川さんが言っていたように、バイメカの知識を身につけて”アップデート”したコーチが現場で指導するようになるのだ。
今回の取材を通じて僕は、ライオンズが今年5位だった事実はもう過去の事として割り切れる。前向きに突き進んでいる“バイメカチーム”がライオンズに足りなかったものを埋め、明るい未来に導いて欲しいと心から願っている!
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