「シリコンバレーのドン」の異名をとるベンチャー投資家であるとともに、言論人としても大きな注目を集めるピーター・ティール氏。今回、宗教系誌First Thingsに2025年10月1日付で発表された論考(原題 Peter Thiel & Sam Wolfe, Voyages to the End of the World(「世界の終わりへの航海」)が全訳され、その前編が「文藝春秋」2月号で「ピーター・ティールのワンピース論」として掲載された。今回は、訳者・会田弘継氏による解説と、論考を一部紹介します。
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ピーター・ティールとは何者か(会田弘継)
〈2016年の米大統領選挙の共和党候補選びでトランプが躍進し始めたころ、日本の官界や知識層には、はなから高を括る姿勢が顕著だった。そんな中で、一部の観察者が鋭敏にアメリカで起きている地殻変動の気配を嗅ぎ取ったきっかけは、フェイスブックへの初期投資で同社を育てたり、オンライン決済サービスPayPalを共同創業したりして「シリコンバレーのドン」の異名をとっていたベンチャー投資家ピーター・ティールのトランプ支持表明だった。
筆者自身、16年夏に全面的に民主党支持だったシリコンバレーの大物たちの中からティール1人が飛び出して、トランプを大統領候補に正式指名した共和党全国大会で演説をすると決まった時、米国の知人の若手保守派知識人が異様な興奮ぶりを見せていたのを思い出す。16年のトランプ当選後、政権移行チームに入ったティールはIT業界の大物たちをトランプに引き合わせたが、大物たちは当時「トランプ現象」の意味を見通せず、トランプと距離を置き高を括ったのは日本のエリート社会と同様だった。
ティールは22年中間選挙で、かつて自分の下で投資家修業をしたJ・D・ヴァンスの上院議員選出馬を支援し当選させると、24年大統領選挙のトランプ返り咲きに当たっては、そのヴァンスを副大統領に据える工作の中心となった。ヴァンスをトランプの後釜にして、アメリカの新時代をつくり出そうとするティールの企図がのぞく。そうしたティールの目的は何なのか。
一般にティールはIT業界によく見られる、自由な技術発展と市場原理を追求するテクノリバタリアンだとみなされてきた。ただ、16年のトランプ支持表明以降、主に米英の言論界でティール思想を探る動きが活発になり、その宗教的発言が注目されるようになってきた。母校スタンフォード大学での講義を基にした著書『ZERO to ONE』(原著2014年刊)も日本ではビジネス書と受け止められたが、スタンフォードで哲学を学んだ時の恩師であったフランス人ポストモダン哲学者ルネ・ジラールの模倣欲望論などの影響が強くうかがわれ、背後には独特の宗教観がのぞく。
宗教系誌First Thingsに2025年10月1日付で発表された本論考(本号と次号に2回に分けて掲載。原題 Peter Thiel & Sam Wolfe, Voyages to the End of the World(「世界の終わりへの航海」))は、そうしたティールの思想的現在地と、彼がトランプ=ヴァンスを通じてアメリカを誘導していこうとする方向性を考える上で、貴重な判断材料となろう。
論考のテーマは「神と人と科学技術」だ。前世紀に原子力の世界に踏み込み、さらにAIやバイオ技術の発展で人類は存在論的課題に向き合っている。その最先端に立つティールがキリスト教神学の知識を縦横に用い、果たして人類は「反キリスト」=滅亡の危機に直面しているのかを論じる。



