「アメリカの地で挑戦することに決めました。たくさん悩みましたけど、最後は自分の気持ちで、“世界一になりたい”という思いで決めました」

 10月15日、メジャーリーグ挑戦を表明したのは横浜高校の織田翔希(18)だ。

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甲子園史上最速の156キロを記録

 織田は1年春からベンチ入りし、優勝した2年春のセンバツ大会から4季連続で甲子園に出場した。

「今年夏の神奈川県大会では自己最速の157キロをマーク。甲子園での日南学園戦、ピンチでマウンドに立つと甲子園史上最速の156キロを記録。準決勝の智弁和歌山戦ではスリーランホームランを浴び、悔し涙を飲みましたが歴史に名を刻みました」(スポーツ紙記者)

甲子園では156キロを記録した織田翔希

 そんな「令和の大怪物」が選んだ道はメジャーリーグだった。

「織田はマイナーリーグや大学も選択肢にあるとし、このタイミングでの渡米は早くから“生の英語”に触れておくためと説明。渡米した高校生だと桐朋高校からアスレチックス入りした森井翔太郎がいるが、有望選手が日本球界を経ず、MLB入りとなれば史上初のケースです」(同前)

 織田は福岡県北九州市小倉北区で3人きょうだいの真ん中に産まれた。野球を始めたのは小学校1年生のときだった。

「保育園からの幼馴染で現在は九州国際大付属高校の池田琉晟君に誘われて、地元の『足立クラブ』に入部した。2人は中学の卒業アルバムで『甲子園で会おう』と約束したが、九州国際大付は県大会で敗退し、夢は叶わなかった」(同前)

 足立クラブで6年間、指導したコーチの西晃功さんが振り返る。

「特に野球が好きで始めたというわけではなく、友達と一緒に遊びたいから入部しました。当時は飛び抜けて上手いわけでもなく、普通の子だったんです」