「バイクです」
趣味は?と問われるとそう答える。相手がバイク好きなら、その後に来る質問が恐ろしい。「何? 2スト?」「つ、つぅすと……ですかねぇ……た、多分……」「あ、うん、そっかぁ……」流れる空白の時間。申し訳無いがエンジンに興味が無いのですよ! でもバイクのフォルムは好きなんです! それはもう立派なバイク好きでしょ? プロフィールの趣味欄に載せても良いですよね? エンジンに興味が無いどころか、高速道路にさえ乗った事が無くスピードにも興味が無い。それでも僕はバイクが好きなのだ。
20代半ばまで何の免許も持っていなかった。そんな折、原チャリに乗る役を貰った。國村隼さん主演の映画『IKKA 一和』。良い機会だから原付の免許でも取るかと思い立つ。勉強0時間の丸腰で試験を受けるが、落ちる! ちなみに僕の周りに原付免許に落ちた者は未だ嘗て一人も居ない。ほぼ幻獣、河童や天狗みたいなものである。友人に叱られ、勉強して再チャレンジ。幻獣は進化を遂げ、晴れて原動機付自転車免許マンに生まれ変わったのである。そして意気揚々映画の撮影に臨んだのである。が、危ないんで止めましょうと残酷な宣告。後には、優しい國村隼さんの笑顔と原チャリ免許が残ったのである。
折角免許を取ったのだからとヤフオクでボロボロの原チャリを入手。スズキのバンバン50からバイク人生が始まった。雨の日も風の日も、寝不足と雪の日以外は全て原チャリという生活になった。
中学時代から名画座に通っていた僕にとって、カッコイイと思うバイクは色々あった。『イージー★ライダー』のパンヘッドのチョッパーハーレーダビッドソン、『乱暴者』のトライアンフ6Tサンダーバードや『大脱走』のTR6トロフィー、等々の古臭いバイク達。
そんなバイクに憧れたが、元幻獣の僕に中型免許は無い。しかしそんな僕にも乗れる古臭いバイクがあった。ベスパだ。『ローマの休日』でグレゴリー・ペックとオードリー・ヘップバーンが二人乗りするあのバイク。劇中のものは125㏄だが、同じ様な50㏄のベスパがある。
前面が無惨に凹み、塗装は剥がれ、錆だらけの白いベスパ。ガソリンと共に混合オイルを入れる必要があったからオイル缶を持ち歩く必要がある不便極まりないバイクだったが、僕はこのバイクをとても気に入っていた。ハンドルグリップの両端に付いたウィンカーはよく割れた。パワーが無いから上り坂は自転車のお婆様に抜かされる程にのんびり走る。しかしフォルムが素敵だった。利便性や機能性を犠牲にしたキュートなバイクは、イタリアの粋で雑な職人魂を感じさせてくれた。
ベスパの世界には自分でエンジンを分解して掃除や調整をするマニアが沢山いた。興味を持った僕は、エンジンを下ろして掃除や調整をしてみようと思った。幸い、当時住んでいたボロ借家には小さな小汚い庭が付いていた。エンジンを本体から下ろしバラバラに分解、掃除。あまりにスムーズに作業が進むことに自分でも驚いた。成程、苦手意識が強いだけで実はこういう作業は得意なのかもしれないと新たな才能まで感じ始めていた。しかし僕の手が止まる。そして気付く。新たな才能は無かった! 組み立てられない。バラバラエンジンを前に絶望。ネットの記事を読み何度も挑戦してみるが駄目。失くした部品もあるようだ。挫折、そして僕は廃品業者を呼んだのだ。タダで引き取られていったベスパの後ろ姿を僕は今でも忘れない。
ベスパは僕に教訓を残してくれた。「お前はエンジンを触るな」と。
「不便さも楽しむもんだ」
次に手に入れたバイクは、原形を留めぬ程に改造されたヤマハのTW。声優の先輩からタダで譲り受けたそのバイクはなかなかに派手で、僕の好みではない所もあったが、少しずつ自分仕様にして好きになっていった。
だが、暫くして100%自分の好みのバイクが欲しいと思う様になって来た。しかしヤマハさんは優秀だった。壊れない。数年後、遂に改造が原因の故障が出たタイミングでようやく次のバイクを探す事になった。
そして見付けた。何を? 素敵なバイクを。トライアンフでもハーレーでもない、BMWのR27。店の奥に鎮座する1960年代のバイク。フォルムが素晴らしい。早速エンジンをかけさせて貰う。20回程もキックしただろうか、汗だくになってやっとエンジンがかかる。店主のおじさん曰く「ヴィンテージバイクは不便さも含めて楽しむもんだ」。成程。
が、そこから故障の連続。おじさん紹介の修理屋さんで修理を繰り返す。暫く、ほぼ乗れない状況が続く。手放す事になるのかと追い詰められていたある日、ある店の前にBMWのヴィンテージバイクが数台。店に飛び込み「そ、外のバイクはどなたのですか! じ、実は!」と事情を説明。持ち主であった親切な方にメンテナンスの人を紹介して貰い修理を依頼。数日後、帰って来たバイクのエンジンをかける……一発始動! あのバイク屋のおじさんの言葉は何だったのか。以来BMWさんは機嫌よく走ってくれている。
だが、ある時、気付いてしまった。寒い、暑い、雨も風も当然に受け止めていたのだが、車はその全てを解消してくれるという当たり前の事に。そして近頃とんとバイクに乗らなくなってしまった。それでもやはりバイクは好きだ。たまにエンジンをかけて家の近所を一周する。素敵なフォルムのバイクと共に走るのは心地良い。
今でも趣味はと問われると、「バイクです」と答える。エンジンに興味が無くてもね。

つだけんじろう/声優、俳優。1971年、大阪府生まれ。1995年、アニメ『H2』の野田敦役で声優デビュー。アニメや洋画吹替、ナレーターなどの声優業と舞台やドラマなどの俳優業の両方で活躍中。
source : 週刊文春 2025年10月16日号






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