【前回までのあらすじ】大宝テレビのディレクター・加藤大地が大御所芸人のウォッチャー目黒にレイプされた。ニュース番組のキャスター・鷲尾粧子(50)は、このことを加藤から告げられた際の対応を誤り後悔していた。他方、加藤と親友の「週刊文春」記者・速水理央(34)は、この件を記事にすべく、目黒の車の後部座席で対峙する加藤と目黒の会話を「盗聴」する。

 

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 週のうち五日間は帰宅が夜中となる粧子にとって、マンションのセキュリティが行き届いていて、出入りのたびにあたりを気にせずに済むのは何よりありがたい。それだけで、ニュースキャスターという仕事にまつわる個人的なストレスは大きく減ぜられる。

 おまけに、暮らし始めた時からずっと独りだから、家具や寝具や調理器具、入浴剤の香りからトイレットペーパーの銘柄に至るまで、自分に必要のないもの、好みでないものは部屋の中に何ひとつ存在しない。つまり家に帰り着きさえすれば、少なくとも仕事以外のストレスからは完全に解放されるというわけだ。

 自分だけで作ってきたその生活を、空しいなどと感じたことはなかった。いま気持ちが浮き立っているのはあくまでも、これが非日常だからだ。

 わかっていても、好きな男のために急いでシャワーを浴び、もう一度わざわざ薄化粧をし、とっておきの部屋着に着替えて台所に立つのは愉しい。週半ばの深夜、気力面も含めるといちばんしんどいはずなのに、今朝のうちに作っておいた豚の三枚肉と大根の生姜煮が鍋の中で飴色に輝いているのを、蓋を取って覗きこんでは悦に入ってしまう。

 

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source : 週刊文春 2026年3月12日号