(かんだただし/1941年、埼玉県生まれ。中学卒業後、本田技研などを経てラーメン店で働く。73年、大宮に「来々軒」開店。78年、日高商事を設立し代表取締役社長に。93年、都内1号店を出店。99年、ジャスダック公開。2005年、東証二部、翌年東証一部に上場。09年、代表取締役会長。)

私は学歴が中卒だったから、一代で上場企業を作れました。大学を出ていたら、ラーメン屋にはなってないでしょうから。
貧しい家に生まれたことが人間形成の根幹になったし、お袋が必死に働く姿を見たおかげで、ここまで頑張れたと思っています。
家族6人、8畳ひと間で暮らしたボロ家が、私の原点です。
首都圏を中心に「熱烈中華食堂 日高屋」を470店以上チェーン展開する株式会社・ハイデイ日高。創業者の神田正会長は、1941(昭和16)年に埼玉県川越市で生まれた。
満州に出征していた父が、終戦翌年に傷痍軍人となって復員。2年後、川越の隣の高萩村(現・日高市)に、小さな家を建てた。
川越では、母の姉の家の4畳半を間借りしていました。うっすらとしか覚えていないのですが、親戚の家を転々としてたようです。
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source : 週刊文春 2026年10月8日号
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