週刊文春 電子版

自由・反抗・挑戦 3

短期集中連載 ジュリーがいた

島﨑 今日子
エンタメ 芸能 テレビ・ラジオ 音楽

「時代と対決したかったんだろうね」。内田裕也は、PYGの構想についてこう言った。挑戦の、幕が上がる。

 

(しまざききょうこ 1954年、京都市生まれ。ノンフィクション・ライター。著書に『森瑤子の帽子』『安井かずみがいた時代』『この国で女であるということ』『だからここにいる』などがある。)

「僕らがPYGだったかもしれないんですよ。そうなっていれば、PYGはガロになっていたかもしれないです」

 大野真澄は、50年も前のことなのに、フォークロックグループ、ガロ結成とその周辺の出来事を驚くほど克明に記憶していた。

 すでにグループサウンズ(GS)ブームは過ぎ、ハードロックやソウルが台頭、フォーク人気で日本の音楽シーンが大きく変わりつつあった1970年の10月。大野は、フラワー・トラベリン・バンドのカナダ壮行会ライブが開かれたサンケイホールにいた。ガロを結成することになる堀内護(マーク)と日高富明(トミー)がロビーで演奏するので、「12弦ギターを貸して欲しい」と呼び出されて、飛び入りで彼らと一緒にクロスビー、スティルス&ナッシュの「青い眼のジュディ」を歌ったのだ。終わると、ザ・タイガースのマネージャー、中井國二が姿を現し、「聴いたけれど、凄くいいよ。君も一緒にやらない?」と大野に声をかけたのだ。

「中井さんがこのサプライズライブを仕掛けたんです。僕は、マークやトミーの才能は認めていたけれど、声質も違うし性格的にも難しいかなと思っていたので、誘われても断り続けていた。でも、ブライアン・エプスタインに言われちゃなぁと、やることになったんです」

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source : 週刊文春 2021年10月7日号

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