週刊文春 電子版

自由・反抗・挑戦 4

短期集中連載 ジュリーがいた

島﨑 今日子
エンタメ 芸能 映画 音楽

 レッド・ツェッペリンが世界を席巻した頃、PYGは産声をあげた。しかし彼らが陥ったのは、ロックの在り方と、それに相反する芸能界との板挟みだった――。

 

(しまざききょうこ 1954年、京都市生まれ。ノンフィクション・ライター。著書に『森瑤子の帽子』『安井かずみがいた時代』『この国で女であるということ』『だからここにいる』などがある。)

 寺院にホテルにレストラン、カフェにショップ等々。京都の街を歩くと、アクリル絵の具で描かれた大胆な筆遣いの襖絵や壁画に幾度となく出合うことになるだろう。樹木希林の自宅の和室には、同じ画家の筆による再生していく蓮が描かれた戸板4枚がある。「キーヤン」と呼ばれ親しまれる、木村英輝の作品だ。中京区にアトリエを構える人気画家は、60年代後半から70年代の京都サブカルチャー・シーンのキーマンであり、日本のロック黎明期を牽引したプロデューサーである。

 木村が、ザ・タイガースのマネージャー、中井國二からPYGの構想を告げられ、相談をもちかけられたのは万博の年、1970年が終わろうという時であった。

「彼は新しいプロデュースをしようと思っていたので、僕も彼に興味を持ったんですね。同い年だったし、2人とも美術大学の出身。互いに、芸能界で自分の考えてることがわかるのはあなただけや、と。そこから彼が亡くなるまで何でも話し合えた親友でした」

 中井と同じ42年に大阪の泉大津で生まれた木村は、京都市立美術大学(現・京都市立芸術大学)図案科で学び、ダイナミックに時代が変わっていく中でアメリカのポップカルチャーの洗礼を受けて、「紙に絵を描く」ことより「社会に絵を描く」ことを志向するようになっていた。中井と出会った時は、28歳。母校の講師時代に手がけた日本初のロックイベントが世界の目に止まり、富士山のすそ野で開く日本版ウッドストック「富士オデッセイ」の日本側のプロデューサーとして奔走して1年強、夏に「平凡パンチ」でその頓挫の経緯を語ったばかりであった。資金不足に加え、「ヘアー」の出演者の大麻不法所持逮捕など向かい風が吹いた。ローリング・ストーンズやジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリンなど25バンドが集い、世界中の若者がやって来るはずだったロックフェスは幻に終わったのだ。

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source : 週刊文春 2021年10月14日号

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