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阿川佐和子のこの人に会いたい ゲスト・栗山英樹

大谷翔平は日本始まって以来の宝物。万が一、何かあったらと、いつもヒヤヒヤしていました。(第1377回)

阿川 佐和子
エンタメ 芸能

 球界の至宝・大谷翔平を育て上げ、チームを日本一にも導いた名伯楽が登場です。かくも偉大な功績を残すことができた秘訣は一体なんだったのか。答えを急げば、それは大いなる野球愛にありました。野球の魅力を再確認です。

 

(くりやまひでき 前北海道日本ハムファイターズ監督。1961年生まれ。東京都出身。東京学芸大学卒業後、ヤクルトスワローズに入団。90年の現役引退後は、スポーツキャスターとして活躍。2012年、北海道日本ハムファイターズの監督に就任。16年に日本一に輝く。23年開催のWBC侍ジャパン監督に就任。)

 

阿川 監督が育てた大谷翔平さんのバッティングの真似をして、下からすくいあげるようなゴルフのスイングを「大谷流!」と称して、今、試してるんです。

栗山 へえ! 阿川さん、ゴルフおやりになるんですか。ハマったのはどうしてですか?

阿川 テレビの仲間に誘われて始めたんですけど、こんなにハマるとは思いませんでした。だって奥が深いでしょ。どんなに下手な人間も上手な人とラウンドできるし、自然を身近に感じられるし。レフリーがいないからスコアから反則まで全部自己申告というのが修行ぽくって面白いし。

栗山 ゴルフが「修行」であるとはなかなか言えませんよね。

阿川 そうですか? 栗山監督に喋らされてるぞ。ヤバイ!

栗山 お尋ねしたのは、悩みがあったからでして。プロに限らず、野球をやってる選手たちが本当の意味で野球と向き合えるようになるためにはどうしたらいいんだろうか、と常々考えてるんです。

阿川 監督やコーチがあれこれ言っても選手に響かないことがあるってことですか?

栗山 やっぱり、本人が本当に覚悟してのめり込まないと、自発的な行動は起きませんよね。バッティングにしろピッチングにしろ、上手くいかないとイライラするのは、ハマっている証拠。イライラするからこそ、どうすれば良くなるかを自分で考えられるようになる。修行という言葉でピンと来ました。

阿川 苦じゃなくなるっていうのはあるかもしれません。仕事だったら早朝集合とか遠出するのはイヤだけど、ゴルフだと気にならない。

栗山 そうそう。そんな感じですよ。野球選手もそうあって欲しいと思う。お酒を飲むより、恋人と遊ぶより、野球をすることが楽しくてしょうがなくなって欲しいですね。翔平なんていうのは、そういう理想像そのままかも知れません。僕らが「女の子と飲みに行かないの?」と聞いてみても、「野球のほうが全然楽しいから、そんな時間があれば野球をやっていたい」と答えるようなタイプですから。そういう価値観が身についてるんです。

阿川 じゃ、大谷さんは練習が苦になったりはしない人?

栗山 すごく好きですよ。よく例に出すんですが、日本ハムファイターズが日本一になった2016年。その年の紅白歌合戦のゲストに翔平が呼ばれるんですが、NHKに条件を出しました。

阿川 どんな?

栗山 「練習場所を確保してほしい」。寮の練習所が年末年始の1週間は閉じてしまうんで、代わりの練習場所を提供してくれたら、出演してもいいというんです。大晦日と元日くらいはゆっくりすればいいと僕でも思いますが、あいつはそういう価値観なんですね。

 

「野球心」が芽生えます

阿川 ヒェ~! じゃ、野球が辛そうな姿をご覧になったことはないんですか?

栗山 去年のメジャーリーグオールスターのホームランダービーで見たのが唯一だったかも知れません。さすがにバテちゃって、「しんど」とこぼしてたでしょう。あれがきつそうに野球してる翔平を見た初めての経験でした(笑)。

阿川 大谷選手が二刀流で活躍するきっかけを作ったのが栗山監督だって聞いてます。二刀流は続けるべきだし、将来メジャーに行くべきだ。ファイターズをステップにしても構わないっておっしゃったって。なんでそんな大胆な発想が出来たんですか?

栗山 もともと、プロ野球の監督になる前から彼のことは知っていたし、話をすることもできていました。

阿川 「熱闘甲子園」で?

栗山 2011年の4月の取材で初めて会いました。翔平の母校の花巻東高校は、東日本大震災で家族が行方不明になった生徒がたくさんいました。野球部でもそういう状況にあった選手がいて、その子の周辺取材の一環で翔平に話を聞いたんです。当時、高校2年生でしたけど、「彼のご家族が行方不明だけど……」なんていう大人でも答えづらい質問に対して、とても良く考えて誠実に応じてくれました。すごくクレバーな子だなというのが第一印象でしたね。

阿川 その頃から野球の才能は注目されてたんですか?

栗山 もちろん逸材というのは間違いなかったんですが、僕が初めて会った時はまだ世間が注目するというほどではありませんでした。ただ、たまたまピッチングを見ると、高校生とは思えないような球をすでに投げていましたね。その年の夏の甲子園に出場するんですが、そこで見せたバッティングもすごかった。フェンスに突き刺さらんばかりの打球でしたから。ピッチングもバッティングも生で見た僕の感想としては、どちらも間違いなく本物だ。そういう確信がもともとありましたよね。

阿川 その頃、栗山さんは野球解説者のお立場でいらした。

栗山 いや誰が見ても、翔平は野球界の宝物だとわかると思いますよ。

阿川 その段階でわかっちゃうんですか!?

栗山 もちろんです! そうすると、自ずと考えるようになっちゃうんですね。これだけの素材をどうしたらいいだろうかと。それは野球に携わる大人としてというよりも、彼の親御さんになったような気分で考えてしまう。

阿川 親心が芽生えちゃうの?

栗山 いや親心というのとも違って、なんだろうな……野球心?

阿川 野球心……?

栗山 星野仙一さんに「クリ! お前は何でメシが食えてんだ? それを考えて野球界に恩返しせえよ」っていつもご指導を受けたことを思い出しますね。星野監督の元で野球をやったわけではないんですが、すごく愛情をくださった。そういう経験があるので、広く球界全体のためを思うというのは身に染みついてますよ。

阿川 栗山さんが監督に就任なさったのが2012年ですけど、当初からやっぱりこのお宝は逃せないと思ってました?

栗山 自分の下に連れてくるとか、チームが強くなるために、なんて考え方じゃないんです。すべては大谷翔平にとって、何がベストかを考えた結果です。彼は高校時代から、メジャーへの挑戦を意識していました。当然そうするべきだと僕も思っていました。だから、メジャーで活躍したい夢があるなら、適切なルートを辿ったほうがいいよという考え方です。

阿川 高校を卒業していきなりアメリカという選択肢はなかったんですか?

栗山 僕自身、アメリカに100回以上行って、メジャー、マイナー含め選手の置かれている状況や環境を取材してきました。そういう知見をもとに、日本のプロ野球を経てメジャーへ行ったほうがいいと判断しました。あの国にはすごい才能を持った選手がゴロゴロいます。それでも、厳しい環境や運に味方されなくて、メジャーリーガーになれない選手もたくさんいる。翔平にはそのルートじゃなくて、ファイターズみたいなチームを経て、早めにアメリカに挑戦するっていうのがベストだと確信してましたね。

現役のときは屁みたいなもの(笑)

 

阿川 なんで栗山さんと日ハムだとそういう考え方ができるんですか?

栗山 僕もGMも考え方が一致してたからでしょう。ルールはひとつだけ。選手のためになることをする。他の判断基準はありません。チームのためが第一の基準じゃないんです。選手のためになることをすれば、自然とチームのためになり、チームが強くなる。よく、育成と勝利のどっちを選びますかなんて質問がありますけど、僕の中でその二つは選ぶものじゃなくて全く同じなんですよね。

阿川 でも世間はうるさかったでしょう? たとえば張本勲さんは栗山さんと真逆の考えで、日本球界のために日本にいろって言うし、二刀流は止めたほうがいい、早く投打どちらかに絞れっておっしゃってましたよ。

栗山 こればっかりは、色々と言われるのはしょうがないなと思ってました。でも、翔平がファイターズにいた5年の間、二刀流にしろメジャー行きにしろ、僕はその目標が揺らいだことは一度もありませんでしたね。なんだったら、本人より僕のほうが信じてたと思います。

阿川 大谷選手本人に迷いが生じたことはなかったんでしょうか?

栗山 もちろん、世間の雑音は色々耳に入ってたはずですけど、僕らの前でそんな素振りを見せたことはなかったですね。僕なんか心配して、彼に色々聞いちゃうわけです。「大丈夫か? 迷いはないか? 悩みがあるならフォローするから」って言うんですけど、平気な顔をして「何の話ですか?」って答えるんです。逆にこっちが気遣いされちゃう始末でしたよ。

阿川 ファイターズ時代は結構ケガに悩まされましたよね。

栗山 まあまあ大変でした。

阿川 ほら見たことか! 二刀流なんかやってるからだ、という声もあったり?

栗山 うん、まあまあ……。いや、僕としては、まあまあじゃないくらい神経をすり減らしたっけ(笑)。なにせ、野球界の宝をお預かりしているわけで。

阿川 国宝に傷がついたら大変って感じ?

栗山 そうそう。本当にそんな感じですよ。日本の歴史が始まってから、たった一つだけ、たまたまこの時代に生まれた宝物なんですから。万が一のことがあったら、僕が謝ったり、責任取って辞めれば済むって話じゃないんです。これは、翔平の話に限りませんよ。どの選手だって宝物なわけで、預かってる立場のこちらはいつもヒヤヒヤしてるんです。頼むから自分を大切にしてくれ!

阿川 今、お宝は海外に貸し出し中ですけど。

栗山 ハハハ。翔平のメジャー行きが決まった時はホッとしました。あれだけ肝を冷やす経験はもうこりごり。正直、もう一緒にやりたくないと思いましたね(笑)。

阿川 昨年、中田翔選手の事件がありました。一般人には、日ハムを飛び出して、いきなり巨人に行っちゃったように見えましたけど、あの移籍の経緯は、栗山さんもちゃんと納得の上だったんですか。

栗山 はい。詳細については、契約のこともあるので詳しくはお話ししませんが、翔がジャイアンツに移ったというのは、彼にとってはよかったと思います。ジャイアンツにも感謝しています。

阿川 栗山さんや日ハムが面倒見切れなくて放り出したって見方は違うんですか?

栗山 ファイターズでは謹慎処分を下しました。ルールに違反した以上、責めを負うべきですし当然の判断でした。その後、球団を移籍して、色々ゴタゴタして、世間や野球ファンの皆さんからすれば納得のいかないこともあったと思います。個人的には皆さんに申し訳ないと思っています。しかし、選手は野球をすることでしか反省の意を示すことはできないだろうという僕の考えもありました。このままファイターズに残るよりも、環境を変えて野球をやったほうが翔にとってベストじゃないか。野球界にとってよりよい結果につながるんじゃないかと。

阿川 中田選手に声をかけてあげるとしたら、何ておっしゃいますか。

栗山 すべて飲み込みなさい、ですね。事件の責任も、世間の評価もすべて。後になって、野球ファンから「いろいろあったけど、中田はよかったな」と言ってもらえるよう、野球に打ち込んでほしい。このまま終わるなんて絶対にダメだし、必ず野球で復活してもらいたいです。

阿川 チームを離れても一緒にやった選手のことって気になるものですか?

栗山 そりゃそうですよ~。札幌ドームは電光掲示板に各試合の途中経過がリアルタイムで表示されるんですが、ファイターズの試合中でも巨人戦が必要以上に気になってましたよ。「なんだ、巨人に点が入ってないじゃん。翔のやつ今日は貢献できていないのか」って。10年の監督生活で延べ192人の選手と一緒に野球をしました。その全員のことが気になりますよ。今日は阿川さんに促されるまま、翔平のことばかりお話ししちゃって反省してるんですけど、本当のことを言えば、能力を発揮できなくて苦しんでる選手のほうがよっぽど気になるものです。自分の経験に照らしても彼らの心情がわかるし、僕が監督だからこいつは上手くいかないのかも知れないと申し訳なく思うこともありますから。

阿川 私、野球オンチなくせに、素晴らしい野球人にたくさんお会いしてきまして。根本陸夫さんにしろ仰木彬さんにしろ、現役選手の頃にチャンスに恵まれなかった人ほど、名監督になられるというイメージがあるんですけど、失礼ながら、栗山さんもこの系譜に加わるのかな……。

栗山 いやいや。ホント、おっしゃるとおり。現役のときは屁みたいなもんでしたから。

阿川 屁(笑)。

栗山 なので、気を遣わないでください(笑)。

阿川 でも、野球は小さい時からお好きだったんでしょ?

栗山 東京都下の生まれで、子供の頃の夢といったらプロ野球選手になるしかなかったですね。でも、自分がそれほどの選手じゃないっていうのはちゃんと分かってました。

阿川 野球選手としては珍しく、国立大学のご出身なんですよね。

栗山 大学で教員の免許を取って、子供に教えるという形で一生野球に携わっていこうと思ってました。でも4年生の時に、自分がプレーできるのが最後になるかもしれないと思うと、無性に野球を続けたくなりました。それでプロテストを受けることにしたんです。いや、若いというのは恐ろしいですね。振り返れば自分というものが全然分かってなかった。

阿川 でもちゃんとテストに合格して、晴れてプロになられたじゃないですか!

栗山 スポーツ紙やテレビのスポーツ局にいる記者に「クリさん、6大学に行ってたりしたら、絶対プロテスト受けてないよね」とからかわれますが、本当にその通り。あれほど人生の選択を失敗したと思ったことは他にありません(笑)。

阿川 え~。後悔したんですか? ちゃんと7年も続けられたのに。

栗山 それでもいつも違う世界に入っちゃったなあと感じてましたね。100年経っても1軍で試合に出るのは無理だと思いましたよ。メニエール病という病気とも付き合わなければならなかったし、どれだけ努力してもなかなか上手くなれなかったし。一流じゃなくてもいい、せめて一人前の野球選手になりたかったというトラウマが、今でも僕を苛んでます。

阿川 でも、ゴールデングラブ賞も取られてるし、屁ってことはない。

栗山 いやあ。大して上手くもないのにねえ。今、現役でその賞を取ってる選手に比べるのも恥ずかしいくらいです。

阿川 お辞めになるときは、もう野球はいいやという感じだったんですか?

栗山 自分に対して悔しい気持ちはありましたけど、野球に愛想が尽きたなんてことはありませんよ。現役引退後も、スポーツキャスターという肩書で野球と関わる仕事を選びましたから。

阿川 大学の先生もなさったんですよね。日ハムの監督の話が来た時はどうだったんですか? 栗山さんが監督に就任なさるってニュースを聞いた時は、ちょっと意外と思っちゃいましたけど。

栗山 さすがだなあ(笑)。でも、その通り、誰もがそう思ったと思います。監督にならないかと口説いてくださった方が、栗山の誰よりも野球を愛している、その気持ちがファイターズに欲しいんだと言ってくださった。他の要求なら応えられたかどうかわからない。でも、野球を愛する気持ちだったら、確かにあると思ってお引き受けしました。

阿川 10年間の監督生活はいかがでしたか。名選手は育てたし、日本一にも輝いたし。

栗山 10年やっても、ついに「俺が監督だ」という風格は身につきませんでしたね(笑)。ただ、ひとつ核にしてよかったなと思うのは、人間力を高めることを意識したことです。野村克也さんもよくおっしゃってました。中国の故事から『論語と算盤』まで読めば、野球にも経営にも生かせるヒントはたくさん転がってます。

阿川 大谷選手が球場でごみを拾ったり、礼儀正しい振る舞いをしてることに感動を覚えるんですけど、あれって栗山さんの教育の賜物だったのね。

メジャーに勝つ痛快な結果を

 

栗山 翔平は育った環境も大変よかった。ご両親もスポーツ選手でいらしたし、出た高校でも人間力を高める教育を重視なさっていた。彼のようなスターがごみを拾うという姿を見せるのは、僕なんかが「人のためになることをしよう」と100万言を費やすより、はるかに説得力を持ってますよね。

阿川 あれだけ教育的なシーンはそうそうないぞ(笑)。

栗山 だから日本だけの宝じゃなくて、世界の宝なんですよ。

阿川 WBCの代表監督に就任なさったことが発表されましたけど、こっちのほうの準備も、もう始まってるんですか?

栗山 ファイターズの監督を辞めたばかりなので、準備はこれからなのですが、身の引き締まる思いがしています。当たり前ですが、僕には日本代表の経験なんて全くないわけで、さあどうしようか、と。これまで以上の才能を持った選手たちと伍していかなきゃいけない。特定の球団のペナントレースを戦うやり方では通用しない。アプローチが全く違ってきますよね。

阿川 本番は2023年?

栗山 この3月に練習試合を2試合、秋に2試合して、もう来年が本番。その都度、選手を招集してという形なので、一からチームを作り上げるというのとは違うところが不安であり楽しみです。国内の選手の様子を見ながら、海外でやってる選手のデータも集めてます。野球の本場アメリカで、夢のメジャーリーガー軍団をジャパンの選手たちが下す。そういう痛快な結果につながるよう、頑張っていくつもりです。

一筆御礼

 

 話題の渦中のお忙しいときにお出ましくださり、ありがとうございました。大谷選手のお話を伺うつもりだったのが、中田選手のニュースは流れるわ、日本代表監督に選ばれるわ、えらいこっちゃの2021年だったと拝察いたしますが、年が明け、少しは落ち着かれたでしょうか。お久しぶりですとご挨拶をした途端、私が質問する暇なく監督から次々に質問が飛んできて、冒頭は私ばかりが喋ってしまい失礼いたしました。でもおかげで栗山監督が選手たちとどんなふうに接しておられるか、かすかに理解できた気がします。一流選手でなかった(失礼)がゆえに悩み苦しむ選手たちの心の奥を察することができ、成績がどうあろうと(失礼)世間がいかに批判しようと、野球と野球人と野球界を愛する気持の萎えることがない。そういう人こそを名監督と呼ぶのだと合点いたしました。来年の大舞台に向けてその明るさを失わず、大好きな野球のためにどうかマイペースで挑んでくださいませ。

 

source : 週刊文春 2022年1月20日号

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