自分なりの幸せ、一体どこにある?|宇垣美里

宇垣総裁のマンガ党宣言! 第69回

宇垣 美里
エンタメ 芸能 読書

 人によって世界の見え方が全然違うのだなあとつくづく思う。感心すらすることもある。私にとって高圧的で男尊女卑的な香りのぷんぷんする先輩が、男友達にとっては不器用だけど面倒見のいい兄貴分だったり、よく気の利く穏やかな物腰の同僚がパートナーのために育休を取ったことを、上司が情けないと内心苦々しく思っていたことを知ったり。どうしてそうなる!?と驚くことばかり。だからさあ、みんな『こっち向いてよ向井くん』を読んで、一回膝突き合わせて間違い合わせ、しませんか?

 実家暮らしの会社員である向井くんは、学生時代からの恋人・美和子に「守ってあげたい」と囁いたところ、「守るって一体何から?」と詰められてフラれてしまう。それから10年、美和子への未練を引きずって恋はお休み。彼女はずっといないまま、気づけば35歳になっていた。新しく職場に派遣されてきた中谷さんと会話を重ねていくうちに、なんだかいい雰囲気を感じ、ようやくやってきた恋の予感に胸をときめかせるのだが……。

 向井くんは優しくてスマートで一見モテそうなのに、読めば読むほどその絶妙に考えの足りない部分や、分かってなさが露(あらわ)に。苦笑いを越えてふつふつと湧いてくる共感性羞恥に、なんだか顔を覆いながら叫びだしたくなった。この漫画、当該年齢の男性たちはどんな気持ちで読んでいるのだろうか。ホラーかな? 社会人の恋愛に無駄な駆け引きはいらない。ストレートに好意を伝えてその先に進めるか反応を見るべきだし、受け身のままでお付き合いに発展するのはよほどの恋愛エリートのみなのだよ……と遠い目をしたところで、私も同様に、男心を分かっていないのかもしれないと、はたと気がついた。

 話が進むにつれ、向井くんだけではない、既婚者の妹や婚活に疲れた数年前のワンナイト相手、結婚を望まない恋愛を楽しむ女友達など、それぞれの女性側の内面も明かされ、その恐ろしいまでのリアリティと他人事じゃなさに胸をぐりぐり抉(えぐ)られる。

 慣れない恋愛に翻弄されながらも、基本的に善人である向井くんには幸せになって欲しい。いやでも待て、幸せって、何だ? 様々な価値観や生き方が肯定されている現代において、人に向かって「結婚しなよ〜」なんて口が裂けても言えない。けれど対自分となると、どうしてもここまでの人生で刷り込まれて内面化してしまった幸せの像がある。恋愛しなくても、一人でも、幸せになれることは分かっている、でも……決められていない膨大な選択肢の中から自分なりの幸せを選ぶのって、すごく難しい。

 それにしても、ここまで向井くんがいったいどういう人が好きで、どういう付き合いを求め、どんな風に幸せになりたいのかが全然見えてこない。きっと向井くん自身も分かってない。だから、上手くいかない。誰でもいい人のところには、誰もこないんだよ、と向井くんを哀れむものの、かく言う私も自分の幸せ、よく分かってないわ。

 3巻のラストでは、もはやトラウマに近い存在となった元カノ・美和子と遭遇。あまりに続きが気になり、フィール・ヤング本誌を購入した。そこでもまた元恋人に生まれがちな不毛な感情の描写があるある過ぎて、思わず天を仰いだ。勘弁してくれ。

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source : 週刊文春 2022年3月31日号

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