地方出身者と東京出身者では受験や就活に対する感覚がまるで違うのだな、と感じたことがある。大好きなアメコミ映画に登場するいくつかのギャグが笑えないのは、きっと私がキリスト教の価値観を全ては知りえていないから。同じ人間ですらそうなのだ、いわんやモンスターをや。『ヘテロゲニア リンギスティコ ~異種族言語学入門~』は、そんな前提を共有しない者同士の理解しきれなさを描いている。

 怪我をした教授に代わり、人間から「モンスター」と呼ばれる種族たちのコミュニケーション調査を任された新人言語学者のハカバは、ガイドのワーウルフの少女・ススキと共に魔界フィールドワークの旅に出る。

 ワーウルフにスライム、クラーケン、ドラゴン……魔界に暮らす様々なモンスターたちはぱっと見は恐ろし気なのに、付き合ってみると皆友好的で、それぞれにどこか“人間味”のようなものが垣間見えて可愛らしい。身体構造も保有する器官すらも違う相手に対し、ハカバはべろりと相手を舐めることで親愛の意を表したり、身振り手振りを交えたりと様々な方法で会話を試みようとする。

 ハカバはワーウルフの用いる獣人語を駆使してモンスターと会話しようとするけれど、対応語句がないものや彼自身が解読できていない言葉は「ワン!」というような聞こえたままの鳴き声や「■■」といった形で表記される。意味を推測するまでの思考の変遷が謎解きのようで楽しい一方で、彼が分からないものは読者もずっと分からないままだ。モンスター同士も完璧にコミュニケーションが取れているというわけでもなく、しょっちゅう慣れない会話に疲れ果ててプシューと煙をだすように倒れ込んでいる。でも、気にしない。なぜなら彼らは互いの不理解に慣れているから。

 ドライだろうか? けれどなぜだろう。モンスターたちのほうがよほど他者に対して寛容で、ありのままを受けとめているように感じた。人間に足りないのは、違う文化圏で育ち違う価値観を持つ相手を理解しきることなど、どだい無理なことなのだとちゃんと諦めて、何が通じないのかをきちんと見極めることなんじゃないだろうか。教授が手記に記していた「私が理解だと思っていたこと」「理解ではなく解釈だった」「理解への壁は限りなく高い」という言葉が重い。

 モンスターたちの特性を知れば知るほど見えてくる、かつて人間と魔界の住民との間に生じたとされる戦争の謎。そこには我々の侵略の歴史にも似たような形を見つけることができる。共に狩りをし暖をとりあった相手がやがて辿るであろう未来が見えてしまったハカバは、今抱いている絶望からどう立ち直るのだろう。この先の展開が気になるのは、きっと私も魔界の住民たちを愛してしまっているから。

 きっと理解はしきれまい。分かってもらうことも無理だろう。それでも知りたいと手を伸ばして生きていく。その姿勢を私は何よりも尊いと思うのだ。

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source : 週刊文春 2022年2月3日号