突然だが、私は今やる気に満ち満ちている。理由は簡単、『本気出せばお前殺せる』を読んだから。ああ早くジムに行って筋トレがしたい。強くなるため? 美しくなるため? いいえ、なりたい私であるために。揺らがぬ自分であるために。

 厳格な家庭で育った18歳の倉橋桜子には、控えめで大人しい見た目とは裏腹なある秘密があった。それは、トレーニングによって得た鋼のような肉体を持ち、日々女であるが故に受ける先入観に満ちた扱いに対し、「本気出せばお前なんか殺せるんだからな!!!」という精神的なマウンティングをとることでやり過ごしているということ。圧倒的な強さを隠して生きる桜子だったが、ある日親に命じられて向かったお見合いで、ありのままの自分を受け入れてくれるのでは……と思わせるような男性と出会う。

 私服では隠されている桜子の上腕二頭筋など、説得力のある筋肉の描写がかっこいい。たまに見せる捕食者のような眼差しにゾクゾクする一方で、案外うぶで素直になれないギャップが微笑ましい。筋トレとは禅と同じという台詞に、たしかに自分がどのように筋肉を動かしているかを意識し続けるということは己との会話に近いのかもしれないなと納得した。

 桜子は“女らしさ”を押し付けられるたびに、「女である前に人間だ!」と反発し、偏見やレッテル、カテゴライズ、分断、二元論をクソ喰らえと吐き捨てる。外見や性別で判断され、自分自身を見てもらえないことに、私は「私」でしかないのに……と悲しむ姿には共感しかなくて苦しいほどだ。おしゃれすら、恋愛のためだと思われがちなこの世の中で「私の私による私のためのファッション!!!」と、己を肯定するためのものだと言い切る姿には、頷きすぎて首がもげるかと思った。でもそれって、「女」だけの苦しみだろうか。

「男らしさ」の呪縛にがんじがらめになっていた見合い相手や、自分自身は気に入っているふくよかな体型を周りに全否定されるたびに心を削られていく友人などに見られるように、この世の中は未だ性別や容姿によるイメージの押し付けは根強くある。どんなに強かろうとそこから逃れることは難しく、声をあげれば白い目で見てくる人も多い。けれど、様々な人との出会いを通し成長した桜子は、筋力で相手を吹き飛ばすような形でそれらの障壁を突破するのではない、彼女なりの強さにたどり着いた。強さとはただ肉体の強さのみにあらず、多種多様な形の強さを肯定し共存することなのだと。

 守りたい、と言われるたびにずっとずっと思っていた。「おまえ、誰に向かって言ってるの?」。法治国家なら、勝手に見くびってくる貴様相手なら、私の方がずっと強い。男を転がす大人の女性のやり方なんか知ったことか。そんなんじゃ幸せにしてもらえない? なんでしてもらう前提なのさ一緒に幸せになろうよ! 私は誰のことも見くびりたくないし、見くびられたくないよ。

 ラブコメの軽やかさの中で描かれた溢れんばかりの肯定感が眩しい。私は私であるだけで、あなたはあなたであるだけで価値がある。あなたの価値はあなたが決めていいんだよ。悩んだらとりあえず、スクワットしようね。
 

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source : 週刊文春 2022年4月14日号