2年前に世間を騒がせた「光秀のスマホ」という、NHKの5分間番組をご存じだろうか? なにせ深夜、番組と番組の間の5分間にしか流れないので見ようと思ってもなかなか見られないのだが、たまたま目撃した人は例外なく目が釘づけになる奇怪な番組である。

 テレビには5分間、スマートフォンの画面とそれを操作する指しか映らない。それだけでも十分シュールなのだが、スマホ画面上でやりとりしている文章をよく読んでみると、それは戦国武将・明智光秀と、彼をとりまく武将たちとの会話なのである。

 この番組、「もし戦国時代にスマホがあったら?」という仮想のもと作られたパロディ歴史劇で、当時放送されていた大河ドラマ「麒麟がくる」と同じ光秀を主人公にして、5分間×全6話、計30分で、彼の人生を辿る内容となっている。

 そう言うと、お堅い向きには「なんだ、ただの悪ふざけのコント番組か」と思われるかも知れないが、これがなかなか侮れない。「戦国時代にスマホがある」という一点と、登場人物たちの言葉遣いが現代語であることを除いては、かなり史実に基づいている。むしろ、部分的には大河ドラマよりも史実に厳格な作りになっている箇所すらある。

 で、その伝説の番組の「時代考証」を務めたのが、誰あろう、僕なのである。最初、NHKのディレクターさんから、突然「会いたい」と言われて、自宅近くの図書館の喫茶室でアイデアを聞かされたときは、正直、まったく意味が分からなかった。そもそも時代劇にスマホが出てくる時点で、時代考証的にはアウトだし。

 

 それでも面白そうなので首を突っ込んでみると、これがバカにならない大変な仕事量だった。スマホのアプリは、LINEをFUMI(文(ふみ))というように、すべて戦国時代風に名称もアイコンも変更する。主人公の壁紙やプロフィールには、桔梗(ききよう)やチマキなど光秀ゆかりのアイテムをさりげなく入れ込む。ニュースサイトには「戦文オンライン」なんて、どこかと似たような名前のものまである。それらのサイトの、一瞬しか映らない、本筋に関係ないニューストピックも、「焼き討ちから1年 比叡山復興の道のり」とか、それらしいものを創作する、などなど。

 たった5分の映像なのに、そこに投入するスタッフの労力は尋常なものではなかった。その一つ一つに相談に乗って、ときにはこっちが新しいパロディを提案する。だから、僕の仕事は「時代考証」というより「歴史アドバイザー」と言ったほうが良かったのかも知れない。

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source : 週刊文春 2022年5月26日号