郵便物を封筒で出すとき、封筒の閉じ目に書く「×」の印、あれ、皆さんちゃんと書いてますか?
ネットで情報を検索すると、マナー講師と称する方々の「あれは〆であって×とは違うんです」とか、「お祝いごとの郵便には×を書いてはいけません」といった説が、いろいろ書かれているが、いずれも根拠のないものである。民俗学者の常光徹(つねみつとおる)さんによれば、そもそも×印や十字は「外部から侵入する、あるいは接近してくるものを遮断する」効果、つまり魔除(まよ)けの意味をもつ印なのだという。
たしかに、考えてみれば、あの×印程度が封印として「第三者に中身を読まれていないことの証明になる」とは到底思えない。むしろ、勝手に開封しようとする不届き者を斥ける“おまじない”としての効果があったと考えたほうが、しっくりくる。
さて、そう考えてみると、日本の古くからの風習に×印や十字は意外によく見られる。たとえば、子供の頃、汚いものに触れそうになったときにやる、「エンガチョ」という指クロス。あれも、人差し指と中指を交差させて×印をつくることで、邪悪なものから身を守る効果が期待されていたようだ。
あと、古いお寺や銭湯の大屋根などに見られる三角形の飾りを破風(はふ)というが、あそこにもよく格子(こうし)木で井桁(いげた)形の装飾が施されているものがある。古来、破風というのは、そこから鬼や魔物が家内に侵入すると考えられていて、殊更にデリケートな部分と考えられていた。そこで破風には、しばしば格子状の装飾で十字をたくさんつけたようだ。
あるいは、子供の頃、ふざけてザルを頭にかぶると「背が伸びなくなる」などと言われて叱られた記憶のある人もいるのではなかろうか。あれも、べつに食べ物を入れるザルをかぶるのは不衛生だから、というわけではなく、やはり無数の×で構成されたミノやザルは、それ自体呪術的な意味をもつ器具であって、それを不用意にかぶるということには、強い禁忌(タブー)があったらしい。
鎌倉幕府を滅亡に導いた14代執権北条高時(ほうじようたかとき)は、『太平記(たいへいき)』では、ことさらに暗愚な人物として描かれている。政治にまったく興味を失い、近臣たちに政務を丸投げし、自分は闘犬と田楽(でんがく)見物にうつつを抜かす。そんな『太平記』に描かれた彼の素行を見るにつけ、数年後に訪れる鎌倉幕府の滅亡は必然であったとしか思えなくなってくる。とりわけ、一連の奇怪な逸話のなかでも、高時入道が夜中に「異類異形の化け物ども」と踊り狂っていた、という怪奇譚は有名なものである。
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source : 週刊文春 2022年5月19日号