どんなに想像力を働かせたとしても、話を聞き、本を読んで勉強したとしても、自分の目でしか世界を観ることはできない。私には男の人の辛さが分かりきらないように、アフリカ系アメリカ人の受けた差別の歴史を体感できないように。姿かたちすら違う動物の視点などなおのこと。だから、人間を超えた存在であるチャーリーから放たれる問いかけに、今まで当たり前と感じていた固定観念がグラグラと揺さぶられるのを感じた。
アメリカの中西部、ミズーリ州に暮らすチャーリーはヒトとチンパンジーの間に生まれた「ヒューマンジー」。交雑種であるが故に人間より理知的でチンパンジー以上のパワーを持つ彼は、人間の養父母に15年育てられ、高校に入学。奇異の目にさらされながらも、ナードな優等生の女の子・ルーシーと出会い友人となる。平和な学園生活を楽しむはずが、過激な行動で動物解放を訴えるテロリスト「動物解放同盟(ALA)」に目を付けられ、全米を揺るがす最凶の事件に巻き込まれることとなる。
明るい表紙からほのぼの日常系かしら、と思ったのが一転、ヴィーガンやアニマルウェルフェア、環境問題と時代性のあるテーマにぐいぐい切り込んでいく本作。デリケートな話題を簡単に善悪で切り捨てず、両者の主張を併記することで「あなたはどう考えるの?」と常に読者に問いかける。ヘイトや差別、テロといった人類が普遍的に抱える問題にノンヒューマンであるチャーリーの着眼点から向き合うとまた違った世界が見えてくる。
「ボクはなんの代弁者でもない ただの1匹の動物 ただのチャーリーだよ」など、周囲の人間たちよりよっぽど合理的でフラットな視点をもつチャーリーから放たれるキレキレのパンチラインは、私を含む国籍や年齢、性別によるカテゴライズに苦しむ人をハッとさせたことだろう。
写実的なタッチの絵や映画的なコマ割りで描かれる過剰反応気味の報道やSNSによって踊らされる人々の様子は見覚えがありすぎて恐怖すら感じるほど。近年アメリカでの1歳から19歳までの死因の第1位が交通事故から銃によるものに変わったという。作中で起こる絶望的な事件やスーパーで銃を見える状態で携帯している市民の描写などがリアリティを後押しする。
彼が望もうが望むまいがそう生まれついたばっかりにそれぞれの思惑に巻き込まれ事件の中心に立たされるチャーリー。あまりの容赦ない展開の数々に「チャーリーが何をしたっていうんだよ……」とこちらが泣きそうになってくるのに、当の本人は飄々としていて、そこがまた魅力的だ。
3巻からはチャーリーが文字通り躍動し、テロリストと対峙するシーンが増え、物語が大きく動き出す。ヒューマンジーならではの運動能力の描写はまるでアメコミヒーローのよう。
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source : 週刊文春 2022年6月16日号