カバンには必ず本が数冊、読む物がなければレストランではメニュー表を隅から隅まで、風呂場ではシャンプーの成分表を読み込んでしまうほど、自他ともに認める重度な活字中毒者の私。物心ついた時からそうだったので、休み時間はもちろんのこと、登下校時や寝る直前まで読書、読書。本の続きが気になりすぎて、お風呂上りずぶ濡れのまま脱衣所で本を開いてしまい、心配して様子を見に来た母にすわ幽霊かと悲鳴をあげられたこともあったっけ。『本の虫 ミミズクくん』には、そんなかつての本狂い小学生にとって“あるある”だらけな文学少年の日常が描かれている。

 本好きの祖父の影響で読書をこよなく愛する小学4年生のミミズクくんこと加藤剣の毎日は読書三昧。ミミズクくんは本の世界にどっぷり浸りながらも、教室での人間関係の悩みや近所のお姉さんへの淡い恋心など、日常生活における等身大の経験を、本との出会いの中で得られた術を使って乗り越え、少しずつ成長していく。

『燃えよ剣』や『星の王子さま』、『ムーミン谷の彗星』に『三国志』など実在の本を前に、目をキラキラさせ花を飛ばしながら読書に没頭するミミズクくんの姿が可愛らしい。各話の終わりにはそれぞれの本についての作者のよもやま話も載っていて、読書欲に駆られ思わずそれらの本を読み返してしまった。

「やだーっ。僕の歳三像が壊れる!」と土方歳三の写真を見ることを拒否したり、目に入ってきた景色を前にその美しさを「活字で読みたい……!!」とハッとする様に、分かる、分かるよと頷きが止まらない。自分だけの最強の歳三を生み出すことができるのも、一人では言葉にできなかった美しさや感情に名前を付けることができるのも、本を読むことでこそ得られる醍醐味のひとつだ。

 本を読んで何になるのかと問うミミズクくんに祖父は言った。「立派な大人になるんだ」「居酒屋で他人の武勇伝を100回聞かされるより、本を1冊読んだほうが100万倍もタメになるんだ。そういうことだ」と。その通り! 読書が崇高なものだとは思わない。ただの趣味のひとつ。偉くもなんともない。けれど、本は時に人生を救う。本の中にそのものずばりな答えが示されているわけではないけれど、少しだけ世界の見え方が変わるような気づきを得られることがある。読んだその時には分からなくとも、少し年を重ねることでしっくりくる時もある。

 祖父のオススメはどれも渋くていいなあ、と共感するものの、本好きじゃない家族に対する過剰な読書への圧は狂気的ですらあり、私も気を付けなきゃな、と勝手に反省した。祖父はもう本の虫っていうか、怪物だ。私は本を何冊か並行して読む癖があるので、きっと怒られることだろう。

 ミミズクくんが物語のキャラクターやセリフに感化され、背中を押されるように一歩踏み出す姿が眩しい。クラス一の問題児や、河川敷のホームレスなど、出会った他者をそのままに受け入れることのできる柔軟さは、本人の素質はもちろんのこと、様々な本を読んでいることでより強化された部分なのかもしれない。

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source : 週刊文春 2022年6月30日号