【前回までのあらすじ】弁護士の久代奏は洛北署の面会室で、依頼人である瀬尾政夫と対面していた。ネットで誹謗中傷した人々の個人情報を晒し、世間を震撼させたブログの投稿主にもかかわらず、いざ会ってみると、グレーヘアに太い黒縁のメガネをかけ、紳士然としている。奏が名誉毀損罪という罪状への心当たりを問うと、瀬尾は「間違いありません」と素直に首肯した。

 

「調書にサインするときはよく読んでくださいね。結構、作文してくるんで。嫌な顔をされてもため息をつかれても、一つひとつ指摘して直してもらってください」

「分かりました」

「あと、暴力とか威圧的な態度とか、何か不都合なことがあれば、すぐに教えてください。分からない場合は判断を保留して私に聞いてくださいね」

「ありがとうございます」

「あと、告訴人との示談ですが、希望されますか?」

 瀬尾は少し首を傾けて「やめておきます」と断った。

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source : 週刊文春 2023年8月31日号