【前回までのあらすじ】雑誌で記事を書かれた芸能人は、その後もネットで際限なく情報を拡散され、一度世に出た話は永遠に残り続ける。仮に裁判を起こしたとしても、公判記事を続報として出され、醜聞が蒸し返される羽目になる。事務所で先輩二人と議論を交わすうち、「書かれたら負け」の芸能人の現状に気付いた久代奏は、依頼人・瀬尾政夫の無念を感じ取っていた。

 

「久代さん」

 所長に呼び掛けられ、奏は考え事をして伏せていた視線を上げた。

「この事件は名誉毀損で、認めの事案やし、公判上の被害者は一人や。実刑はまずない。無罪の証明みたいな難しい案件でもなくて、頑張ったところでそれが量刑に影響するのは微々たるもんやと思う。でも、これは久代さんにとって大事な弁護になると、私は思ってる」

 怪しい色付きメガネ越しではあるが、山城の目には気持ちがこもっていた。

「依頼人がどこまで理解を示してくれるか分からんけど、気の済むまでやってみ」

 数日前「心が前に向かない」と打ち明けたことを所長なりに心配してくれているのだ。奏はその優しさに感謝し、頭をさげた。

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source : 週刊文春 2023年10月5日号