すべては疑いうる――ドイツの哲学者の箴言を銘する室岡克彦は、佐藤康光は、定跡や棋譜と向き合った。

扉写真 弦巻勝

第七章 終わりなき春 其の三

 初春の九州・佐賀、第72期王将戦が決着したばかりの対局室では質疑応答が続いていた。取材者の問いに羽生善治が答える。

「いろいろやってみたのですが、全体的に指し手の正確さ、精度を上げなければ。非常に勉強になったシリーズでもありました」

 52歳のレジェンドは若き挑戦者のような言葉で敗戦を振り返った。

「自分自身の至らないところを改善して次に臨めれば……」

 世間やメディアの視線は、羽生が藤井聡太に敗れたことに注がれていた。4年ぶりのタイトルをつかめなかったこと、タイトル通算100期に届かなかったことに向けられていた。結果に勝る物差しは存在しない。それが勝負の世界の常である。

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source : 週刊文春 2023年10月5日号