記録係の三段の青年の心は急いていた。王将戦で羽生を迎える藤井五冠は、同じ2002年の生まれである。

扉写真 弦巻勝

第七章 終わりなき春 其の二

 なぜ、こんな見落としを……。

 深浦康市は愕然としていた。登った分だけ深く落とされた。

 2007年、35歳の挑戦者が羽生善治に挑んだ第48期王位戦第7局、その2日目、最終盤に信じられないことが起こった。穴熊に固めた上で、羽生の攻めを迎え撃ち、ようやく見つけた勝ち筋のはずだった。だが、最後の最後で羽生の角が利いているのを見落としていたのだ。普段なら起こり得ないミスだった。

 見えていたはずの勝ち筋が眼前から消えていく。小さな石を積み上げるようにしてここまで辿り着いた。初めてのタイトル戦で敗れた24歳の夏から11年、ようやく掴んだ2度目のチャンス。やっとの思いで見つけた勝ち筋だった。それがご破算になった。絶望してしまってもおかしくない場面だった。それでも深浦は自分を呪うより先に再び思考の足を踏み出した。

 思えば幼い頃から自分の前を行く者たちが、自分より強い光を放つ者たちがいた。だが、一人また一人と歩みを止める中、深浦は立ち止まらなかった。気づけば前を行く者たちは視界から消えていた。それが佐世保で太い根っこを培った深浦の将棋だった。

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source : 週刊文春 2023年9月28日号