【前回までのあらすじ】生家を小川和枝に乗っ取られ、九ヵ月にわたり必死に耐えてきた美月だったが、ついに母・美紀子が働くキャバレーに逃げ込む。支配人の取り計らいで無事に別府を脱し、久留米の叔母・美咲の元に身を寄せることになる――美咲の話が終わって、奏は言葉が出てこなかった。それから美咲は、美月の持ち物だったというカセットテープを聴かせる。
「巻き戻すけん少し待っとってくださいね」
座布団に戻った奏は再生機が唸りを上げる音を聞いて、この一生懸命に動くレトロな機器がほしくなった。一分ほどしてカチッと物理的な音が鳴り、テープが先頭まで巻き戻ったことが分かった。
「今度は美月がお話しをするけん、ちょっと聞いとってください」
美咲が再生ボタンを押すと、先ほどの歌声とは違ったかわいらしい声が聞こえてきた。
はい……はい……お聴きいただいた曲は、外山美月で『夢』でした。皆さんのおかげで、この歌はしんけんいっぱいレコードが売れています。いい歌ですよね? この前テレビで歌ったんですけど、藤圭子さんや渚ゆう子さんに「美月ちゃん、歌うまいね!」って褒められたんです! もちろん、お母さんも褒めてくれましたよ。
えーっと……うちのお父さんとお母さんはね……しんけん仲がよくて、私がやきもちを焼くぐらいです。昨日、三人で映画を観て、ボウリングに行って、最後にみんなであんみつを食べました。おいしかった! 皆さんの前で歌うことはもちろん大好きなんですけど、私はお父さんとお母さんと一緒に遊びに行くのも大好きなんです――。
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source : 週刊文春 2024年5月2日・9日号