【前回までのあらすじ】小川和枝に乗っ取られた別府の生家を逃れ、久留米の叔母・奥田美咲の元に身を寄せた美月。母・美紀子は別府に残り、そのまま「キャバレー雅」で働いていた。支配人の佐分利の取り計らいで、美月は夏休みの子どもコンサートのステージに立ち、母とも久しぶりの再会を果す――翌年もコンサートが開かれたが、母は少し痩せ、顔色も悪くなっていた。

 

 美月が六年生になった一九七七年、この年の夏休みも「雅」の子どもコンサートが開かれた。奥田夫妻が別府まで連れて行く予定だったが、夫がぎっくり腰を患ったため、美咲が看病しなければならなかった。奥田夫妻としては行かせたくなかったものの、結局本人の強い意思もあって、美月が一人で「雅」に行くことになった。

 このころは美紀子だけでなく、清子も別府の家に住むようになっていて、ますます家を出るのが難しくなっていたという。

「美紀子さんはなぜ逃げ出さなかったんでしょうか? 知らない人に支配される生活が何年も続くと、さすがに身も心も持たないと思うんですが」

「もう無気力になってしまうとげなです。それに和枝が一ヵ月ほど関西に行くこともあって、このまま帰ってこんかもしれんっていう淡い期待があったげなで。人間、あげんひどか生活でも慣れてしまうとですねぇ」

 強いストレス下に置いて、正常な判断能力を奪うことが和枝の狙いであることは理解していても、美紀子が娘との生活を求めないことに、奏はもどかしさを覚えた。

「当日、舞台で歌い終えた美月から電話が掛かってきて『お母さんが来ちょらん』って」

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source : 週刊文春 2024年5月16日号