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西武史上もっとも強烈な開幕戦は1994年の近鉄戦だった

文春野球コラム ペナントレース2018

2018/03/30

 今年は埼玉西武ライオンズが所沢に本拠地を移転して40年目。目標のリーグ優勝、日本一になることに例年以上に気合いが入っている。というのも、節目の年はいずれもリーグチャンピオンをとなっているから。10年目の88年は全日程を終えて、例の「10.19川崎球場」の結果によりリーグ優勝。そして中日を倒して日本一に。98年は「横浜旋風」に巻かれて日本一は叶わなかったが、08年は渡辺久信監督の1年目に「寛容力」で巨人を破り100キロを超える巨体が宙を舞ったシーンの記憶は新しい。

 いよいよペナントレース。西武の昨年の評論家による開幕前順位予想はほとんどがBクラスで気楽に戦えたが、今年は概ねAクラス。まあ、順位予想とは当然ながら前年の順位が参考になるので、戦う選手たちはほとんど意識しないのが古くからの流れ。ただ、最下位予想が多いと「何を!」の精神で発奮材料になるようだが、空回りしないことを願いたい。

もっとも強烈な開幕戦だった1994年の近鉄戦

 チームは83年から08年まで、開幕戦を26年連続ホームで迎えていた(02年は札幌でホーム開催)。現在は3年前の成績を基にしているが、02年までは前年の成績、11年までは2年前の成績で開幕戦のホーム開催権を得ていた。それだけAクラスが続いていたのだ。なので、自宅で鯛の尾頭付き、赤飯を食べて球場に向かうのが習慣化されていた。ビジターでも宿泊先で同じようなメニューが並ぶが、やはり雰囲気が違う。開幕戦は長いシーズンのひと試合に過ぎないが、やはり特別な意味合いを持つ。かつて、黄金期のチームリーダー・石毛宏典は「あの(試合直前の)国歌を聞くと、全身がブルブル震えてたまんねえんだ」と話していたのを思い出す。開幕投手を何度も務めた東尾修でさえ、ロッカールームで緊張から吐いていたという話を聞いたことがある。

 開幕試合で一番強烈な思い出は、94年の近鉄戦。郭泰源、野茂英雄の投げ合いで点が入らず完全な投手戦に。8回まで無安打の西武打線が3点を追う9回ウラ、伊東勤がサヨナラ満塁本塁打を放ったのだ。お釣りなしのサヨナラ弾は自身通算1000本安打でもあった。この試合、近鉄の3点は石井浩郎の3ラン。10年後の04年にこの2人が西武の1、2軍監督に就いたのも何かの縁か。

94年の開幕戦で野茂英雄と投手戦を繰り広げた郭泰源 ©文藝春秋

 翌95年のダイエーとの開幕戦も印象に残っている試合だ。1回表、いきなり無死満塁のピンチから郭泰源がケビン・ミッチェルに満塁弾を浴び、なおも3点を失い、初回に7失点。ところが、ダイエー先発の工藤公康も調子が上がらず、4回までに西武打線が8点を奪い大逆転。8回にも2点を追加し勝利の空気が漂ったが、終盤に逆転を許し11対10で敗戦。開幕戦はエースが登板するのでロースコアの試合が多いが、珍しい展開になり記憶に残った試合だ。