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原爆投下「正当」が過半数を超える米国と韓国

 米国で学んだ知り合いは、公共政策の講義で、1945年の原爆投下についての議論になった際、50人いた学生の中で自分を除いた全員が「必要悪」と答えたことに愕然としたという。

 戦後50周年にあたる1995年にNHKが複数の国で行った調査では、「米国が広島・長崎に原爆を投下したことは、その当時の米国としては正しい選択だったと思いますか、それとも間違った選択だったと思いますか」という質問に、「正しい選択」と回答したのは、米国(62.3%)と韓国(60.5%)では圧倒的だった。

 その20年後の2015年に米国の調査会社(ピュー・リサーチ・センター)が日米で行った調査では、米国で「(原爆投下は)正当だった」が56%、「正当でなかった」は34%とわずかながら変化がみられたが、それでも正当だとする声のほうが大きかった。

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日米での原爆投下への意識の差が浮き彫りになった調査(「ピュー・リサーチ・センター」より)

「対話を通してお互いの理解を深めるほうが望ましい」

 単純にひとつに括ることなどもちろんできないが、原爆は「絶対悪」と考える日本や「必要悪」と判断する人が多い米国、「植民地からの解放」ととらえる人が多い韓国など、原爆投下を巡る認識の彼我の差は大きい。

 日本原水爆被害者団体協議会の木戸季市事務局長は、BTSの所属事務所の謝罪にこうコメントした。

「こうした表現を巡る問題については対決や分断を煽るのでなく、対話を通してお互いの理解を深めるほうが望ましい」

 国によって見方が変わる事実はあまたある。批判するだけで終わり、またそれが対決や分断を促すためだけの批判であれば、そうした溝は埋まらない。

 何を伝え、どんな言葉を語り継ごうとしているのか、私たちはもっと自問すべきである。