自分の駅に着いたら起こして、と地下鉄で著者が隣の女性に頼む。別れ際、女性が声をかける。Go home and get some rest.(家に帰って、ゆっくり休むんだよ)
ニューヨークを舞台に人と心の触れ合う瞬間を捉え、数頁に収めたエッセイ集。短編小説のような余韻が残る。「人に疲れているのに人と話したくなる不思議な本」「毎晩、1話読んで寝ます」と熱烈な支持を受け、累計35万部を突破した「ニューヨークの魔法」シリーズの第7弾が刊行された。
「第1弾『ニューヨークのとけない魔法』から全巻揃えて繰り返し読んでいる人、しかもNYに行ったことのない読者が多い。孤独な大都会なのに、お節介で図々しくてユーモアたっぷりに、生きたいように生きている。人間臭くて時に子供のようなニューヨーカーに、どこか息苦しく心が固くなっていると感じる日本人が、共鳴するのでしょう」
中学生の時、日記に「いつかアメリカ人の家で英語で暮らしたい」と書くほど英語好きだった岡田さん。
「高校でネイティブの先生に『今日何時に帰りますか』と英語で聞いて、答えてくれた時の嬉しさ。言葉って生きているんだって」
家族の猛反対を押し切って、高3でウィスコンシン州の小さな町に留学した。
「何をやっても褒められるので驚きました。あなたがあなたでいてくれてありがとう――そう言われて、存在しているだけで? って」
更に2回の留学を経て、読売新聞米現地紙記者に。その鋭い視点も随所に光る。時に爆笑し、涙するエピソードは全て実話。どの話にも簡単で粋な英語表現があるお得感も、人気の秘訣だ。
「街を歩くと、不思議とエピソードが降ってくるんです。あなたは人を引きつける磁石ね、とアメリカ人に言われました。ホットドッグ売りの人に突然、『屋台の店番しろ』と頼まれた時は、何で私が? と思いましたが(笑)。会って5分も経たないうちに辛い過去を語り始めたり。皆、自分の話に耳を傾けてほしいんですね」
新刊では、街の片隅で交わされるいくつもの約束を綴った。太平洋戦争の激戦地、硫黄島で日本兵と闘ったドンと著者の最後の涙の約束や、日本占領下の韓国で生まれ育った韓国系女性との交流が、深く胸を打つ。
「敵味方を超え、同じ人間として痛みを共有できる。ドンを抱き締めてあげたかった、という読者の声が何より嬉しいです」
一瞬を切り取り人生に光を当てる。人の数だけ人生がある。魔法は続いていく。
地下鉄の花売り女性と花を買った男性との「奇跡の約束」。若い女性とホームレスの男性が指を絡ませた「小指の約束」。お節介で厚かましくて憎めないニューヨーカーたちが、大都会の片隅で交わす約束は、切なくて温かい。退屈な毎日に心が乾いていたら、NYの魔法にかかってみませんか。書下し人気エッセイ。 文春文庫 630円+税