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「本当は手に入ったものが愛人のせいで」

「本当は手に入ったものが愛人のせいで私に回ってこなかった、っていう怒りが一番強いんじゃないかなって。だから、なるべくそれを少なく、限りなくゼロにしたいんだよ。本来なら自宅で奥さんと一緒にいられた時間は、本当に自宅で奥さんと一緒にいられるように。ちょっとした自分の買い物以外のお金が全部奥さんと子供に渡るように。彼から、たまには休日ゆっくりしよう、とか、旅行行こうって言われたこともあるけど、断った。今まで一緒に行ったのは出張の大阪とか福岡だけ」

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 幸い、彼と同じ会社の屋台骨である彼女は、その理想を実現できるだけの財力と、自分の生活や仕事を成り立たせる力、また彼の休日を奪わなくても寂しくならない程度の社交的な性格や多忙な仕事を手にしていた。彼女は、他の社員と同じだけの家賃補助を会社の経費で受けている以外は、すべて自分の給与明細にある金額の範囲内で、食事をして映画を観て猫の餌を買って家具や家電を揃え、趣味の化粧品や衣類のショッピングを楽しむ。

彼女自身、何一つ奪っていないのか

 正直、妻の気持ちを話す彼女の言うことが、どれくらい本音で、どれくらいが自分の保身のための理由づけに過ぎないのか、私には判別できなかった。ただ、彼女の言葉遣いやこれまでしてきたことを考えると、おそらくそれらは分離できる類のものではないのだろうと思う。彼女の願いは彼との関係の継続であって、それを可能にするはずである、と彼女が考えて出した結論が、もらえるものであっても本来自分のところに来るべきでないものについては得ないこと、ひいては妻に、「奪われた」と感じさせないことなのだ。

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 彼女自身、何一つ奪っていないのか、と考えれば、そうではないかもしれない。どんなに神経質に、ストイックに関係を紡いでも、ある日突然、何かの拍子に、あるいは彼のちょっとした心変わりで終わってしまう、そして終わったとして誰に同情されるわけでもなく、むしろそんな関係を知るごく僅かな知人には歓迎すらされるような関係であることも確かだ。ただ、彼女が自分を全否定しないために編み出した彼女なりの規律は、尊いものだと私にも思えた。