恋人たちとの「呼びかけと応答」を体現する「電話」という装置
メンバーや観客との間の「呼びかけと応答」がフレディの「エーオ」によって象徴的に表現されているとすれば、フレディと恋人たちとの「呼びかけと応答」の物語は「電話」によって担われています。
バンドの黎明期からフレディを支えた恋人のメアリー・オースティン(ルーシー・ボイントン)と、スターダムに駆けのぼっていくフレディのすれ違いを表現するために、劇中では「電話」が重要な役割を果たしています。海外ツアーに出かけたフレディは、ツアー先からメアリーに長距離電話をかけます。1度目の短い通話の際には二人の間に特に不穏な様子は見られないのですが、2度目の電話のシーンでは、メアリーと通話しているフレディが、車から降りて男子トイレに向かう男性に目を奪われている様子をはっきりと見せています。
ツアー先からの3度目の電話では、フレディは飼い猫たち(トム、ジェリー、ロミオ)を電話口に呼び出して声をかけています。それによって、メアリーのことを後回しにしてしまうのです。さらに、この電話を切る際、メアリーが「I love you」と言っているのに対して、フレディは「Good Night」としか返しません。このように、二人の「呼びかけと応答」は、次第に齟齬をきたしていきます。
目と鼻の先に住んでいながらすれ違っていく「呼びかけと応答」
その後、フレディがゲイであることを自覚し、二人の関係は恋人から友人へと変化します。二人は婚約を解消するわけですが、それにもかかわらず、フレディは自身の新居であるガーデン・ロッジの隣にメアリーを住まわせ、夜中に電話をかけたりします。
ガーデン・ロッジにいるフレディが最初にメアリーに電話をかけるシーンは、ロジャーがディナーの誘いを断った場面の直後に置かれています。ロジャーへの「呼びかけ」に失敗したフレディが、メアリーを相手に挽回を図ろうとしている格好です。深夜に電話をかけたフレディは、卓上灯を明滅させる戯れにメアリーを付き合わせたあと、電話口で乾杯することを提案します。メアリーは、表向きは彼の指示に従っているように装いながら、じっさいには乾杯の際に飲み物を手にしていません。映画は、フレディが孤独を深めていくさまを、ロジャーやメアリーの「応答拒否」の身振りを通して描き出しているのです。
自宅にいるフレディがメアリーに電話をかける場面はもう一度ありますが、このときメアリーは家を空けており、電話に出ることはありません。この電話の直前には、フレディを苛立たせた記者会見のシーンが置かれています。自身のセクシュアリティにまで踏み込む不躾な質問を向けられ、噛み合わない「呼びかけと応答」に晒されて疲弊したフレディは、ここでメアリーに救いを求めているわけです。しかし、それも虚しい一方通行に終わってしまいます。文字通り目と鼻の先に住んでいながら、二人の心理的な距離は開くばかりなのです。