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ライヴ・エイドに先立つ3回の「エーオ」

 映画には、ライヴ・エイドのシーンに先立って、フレディが「エーオ」を披露する場面が3回あります。最初は、ドラムのロジャー・テイラー(ベン・ハーディ)がフレディの新居を訪れるシーンです。クイーンは、このシーンの前にアルバム『オペラ座の夜』を完成させ、さらにそこからシングル・カットした「ボヘミアン・ラプソディ 」を大ヒットさせており、すでに大きな成功を収めています。

 したがって、フレディがガーデン・ロッジと呼ばれる豪邸に移り住んだのはごく自然ななりゆきです。飼い猫に個室を割り当てられるほど広大な邸宅を案内している際、ロジャーに「エコーの具合は?」と問われたフレディは「エーオ」の発声で「応答」します(「バッチリである」ということです)。その後、フレディはロジャーをディナーに誘いますが、彼は「家族」がいることを理由にしてその誘いを断ります。「バンドは家族」という彼らの観念が綻びを見せる瞬間です。ロジャーは家族であるはずのフレディよりも、自分の実の家族を優先するのです。

 ロジャーが見せたささやかな「応答拒否」の身振りは、そのすぐあとにガーデン・ロッジで催された乱痴気騒ぎのパーティの場面に引き継がれ、メンバー間の亀裂をあらわにします。王様をイメージした派手な衣装でパーティに登場したフレディは、メンバーたちに対して「踊ろう」と「呼びかけ」ます(冗談めかしてはいるものの「女王令(Royal Decree)」という命令調の表現を使っています)。しかし、フレディとマネージャーのポール・プレンター(アレン・リーチ)との親密すぎる関係をよく思わないメンバーたちはこの誘いに応じず、気まずさが残るなか、パーティ会場をあとにします。

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和解と交流を象徴する「ウィ・ウィル・ロック・ユー」

 映画のなかで次に「エーオ」があらわれるのは、完成した「ウィ・ウィル・ロック・ユー」をライヴで披露する際です。曲の演奏後にフレディが客席に向かって2度「エーオ」と「呼びかけ」、観客がそれに「応答」する様子が映し出されます。「エーオ」のパフォーマンス自体、じっさいにフレディがライヴで頻繁に行なっていたものですので、それが映画で再現されていることには何の不思議もありません。ですが、映画がほかならぬこの場面にそのパフォーマンスを置いた理由は考えるに値するものです。

 映画ではこのライヴ演奏の直前に「ウィ・ウィル・ロック・ユー」が誕生した経緯を描いています。ポイントとなるのは、そのシーンがフレディとメンバーとの関係が険悪になったパーティの次に置かれていることです。集合時間になっても姿を見せないフレディに業を煮やしたギターのブライアン・メイ(グウィリム・リー)は、彼を待つ間にこの曲のコンセプトを完成させます。遅刻してきたフレディはメンバーに謝罪し、メンバーもそれを受け入れ、顕在化しかけた不和はいったん解消します。

「ウィ・ウィル・ロック・ユー」が誕生した経緯を描いた本編映像


 この和解を仲介したのが「観客との交流」を目指した「ウィ・ウィル・ロック・ユー」という曲なのです。この場面で「呼びかけと応答」の物語は、フレディとメンバー間だけでなく、観客に向かっても開かれることになります。次回の記事で詳しく説明しますが、これは、劇中のライヴの観客を、まさにこの映画を見ている観客にまで拡張させるラストシーンのための伏線にもなっています。

 3回目の「エーオ」は、フレディがHIV感染の告知を受けたあとの病院の廊下で口にされます。ファンと思しき患者に「エーオ」と呼びかけられたフレディは、短く「エーオ」を返します。したがって、ライヴ・エイドのシーンで行われる4度目の「エーオ」は、これらをより大掛かりに反復したものということになります。病院のシーンでファンからの「呼びかけ」に小さく「応答」したフレディが、今度はステージ上でファンに向けて全身全霊のパフォーマンスを行う側に回っているのです。これは、前回の記事「賛否両論の『ボヘミアン・ラプソディ』5回見てわかった『ラスト21分』4つのウソ——映画は嘘をつくから素晴らしいのだ」でも指摘した通りです。