2018年下半期(7月~12月)、文春オンラインで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。スポーツ部門の第1位は、こちら!(初公開日 2018年9月16日)。

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 人生は、選択の連続だ。

 目の前に2つの選択肢があるとき、人はなにを基準にその選択を決めるのだろう。やりたいことを選ぶのか、適正があるほうを選ぶのか――それとも、その両方を選ぶのか。

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スタジアムの各所から、大きな歓声が上がった

 9月6日から9日まで、神奈川・等々力陸上競技場で行われた陸上の日本インカレ。

 国内の学生スポーツでは最高峰のレベルを誇るこの大会には、8月に行われたアジア大会の代表選手も数多く出場。今年も大きな盛り上がりを見せていた。

  その大会に、ある女子選手が出場していた。

 舞台は、女子800mの決勝レース。

「4レーン、広田有紀君。秋田大学」

 そんなアナウンスが流れると、スタジアムの各所から、大きな歓声が上がった。

女子800m決勝のスタート直前にウォーミングアップする広田。一次予選、準決勝はともにグループ1位で通過した ©EKIDEN NEWS

 800mで優勝候補の一角に挙げられていた広田だが、彼女への応援は他の選手へのものとは少しだけ、趣の違うものだったのかもしれない。

 彼女に注目が集まる理由は、その走力の高さだけではない。彼女が、日本スポーツ界のハイレベルな舞台ではなかなか見ることができない「国立大学医学部」所属の選手だからだ。

高校までは「趣味として楽しく走れたらいいな」

「もともとは母が眼科医をしていて、小さな頃から診療所に遊びに行ったりしていたんです。それもあって漠然と将来、『自分も母のようになりたいな』と思っていました。逆に、医者になる以外の将来像を考えていなかったという方が正確かもしれません」

 そう語る広田が陸上競技を始めたのは、小学校5年生の時。かけっこが得意だったことに加え、走り終えた時の達成感の大きさに惹かれ、800mという競技に打ち込むようになったという。

 

「高校まではあくまで『趣味として楽しく走れたらいいな』という感じが強かったです。だから『部活で勉強の時間が取られる』みたいな想いは全然なかった。むしろ勉強をやりながら、趣味の部活もやれるというのはすごくありがたいことだなと思っていました。陸上の息抜きのために勉強があり、勉強の息抜きのために陸上がある感じでした」

高校時代には国体、インターハイを制覇

 高校での良い指導者との出会いもあり、広田の持つ才能は花開いていく。新潟高2年時には国体女子800mで優勝。続く3年時には同種目でインターハイも制し、名実ともに日本中距離界のトップランナーへと成長した。

 その一方で、大学進学に当たっては「医者になりたい」という昔からの夢を貫くことを決意する。そうして夏のインターハイ後から猛勉強をはじめ、現役で秋田大学医学部医学科に合格。実は、当初は大学で陸上競技を続けるつもりはなかったのだという。

「大学では医師という将来の夢のために勉強もしなきゃいけないですし、もう走っている場合じゃないと最初は思ったんです。でも、入学したら陸上部の先輩たちが熱心に勧誘してくれて、その雰囲気がすごく良かったので、『もう一回、やってみるかぁ』という気持ちになりました。医学部だけの陸上部なので、健康増進を目的に走っている部員もいて、そんなに入部のハードルが高くなかったのも気持ち的には楽でした」