昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2018/12/26

今も変わらぬ幼い頃からの夢

 今季はNPB入りを目指して、独立リーグのルートインBCリーグでプレー。公式戦のマウンドは大学2年以来で実に5年ぶりだったが、春先は武蔵ヒートベアーズのリリーフエースとして大活躍を遂げ、球速もなんと151キロを計測した。ところが夏場に長時間のバス移動などでコンディショニングに苦労し失速。NPBへのラストアピールとなる秋に球威が下がり精彩を欠いてしまった。

 ドラフト会議前には2球団から調査書が届いたが、結果は指名漏れ。両球団が指名終了を示す「選択終了」が告げられると、安河内は悔し涙を止めることはできなかった。

 しばらくは無気力な状態が続いた。土居からは「親や周囲が賛成してくれていて、安河内も野球が好きなら続けてみたらどうだ」と背中を押したが、覚悟が決まらず一度は引退を決意。「今、野球を辞めてよかったと思えるように社会で活躍しよう」と考えていたが、各所に引退を報告する中で「アメリカに挑戦してみてはどうか?」と提案された。好奇心旺盛な安河内の心に火が再びついた。

 またBCリーグの事務所を訪れた際に、たまたま元日本テレビアナウンサーでタレントの上田まりえと出会う。上田がちょうどスポーツ選手のマネジメントなどをする会社を設立しようと考えていたこともあり、「ドゥ・ストレート株式会社」の契約第1号選手となった。

 現在は上田のサポートも受けてスポンサー集めやクラウドファンディングでの資金集めのための資料を作りながらトレーニングに励み、来年2月からのショーケース・トライアウトに向けた渡米へ準備を進めている。

 安河内には幼い頃からの夢がある。それは「1億円を稼ぐ」ことだ。福岡県に生まれた安河内は、幼い頃両親に連れられて、福岡ドームのオリックス対ダイエー戦を観戦。当時オリックスにいたイチローに熱狂する父に「この選手、すごいと?」と聞くと「俺の人生の何回分かの給料や」と返ってきた。子供心にすごいことだと思い、それも野球を始めたきっかけの1つだった。やるからにはトップレベルを目指す信念は変わることはない。

 アメリカに行くことで人間的にも成長ができることは、これまでの様々な出会いを経て確信できる。だからこそ少しでも長くアメリカでプレーがしたい。

「NPBのドラフトさえ漏れたのに」などネガティブな声も当然耳には入ってくるが「“お前には関係ねえよバーカ”って感じですよ」といたずらっぽく笑った。

「もちろんメジャーで投げている姿をイメージしてやるだけです。また、アメリカで暮らせばいろんな発見もあると思います。これまでより厳しい環境であるけれど、少しでも長く生活することが成長に繋がるし、そのためには活躍しないと成長できない。自分の求めている成長ができるようにしていきたいです」

 経歴だけを一見すると行き当たりばったりのように映るかもしれないが、変わらぬ信念や向上心・好奇心が、今も安河内を突き動かし続けている。

◆ ◆ ◆

※「文春野球コラム ウィンターリーグ2018」実施中。コラムがおもしろいと思ったらオリジナルサイト http://bunshun.jp/articles/10153 でHITボタンを押してください。

この記事の写真(1枚)

HIT!

この記事を応援したい方は上のボールをクリック。詳細はこちらから。