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女子高生の星が教えてくれた、SNS時代の破局の乗り越え方

SNSがもたらした「完璧な別れが困難な時代」

2018/12/30
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 2011年にヒットしたゴティエの楽曲『Somebody That I Used To Know』は、かつて愛した人が、破局によって過去の知り合いのような、遠い存在になってしまう変化を歌っていた。それから10年も経たないうちに、恋人たちを取り巻く世界は様変わりした。 

 InstagramやFacebookが「元恋人が遠い存在になること」を妨害している。共通の友人が多ければ多いほどSNSのフィードに別れた相手の写真がアップされるだろうし、調べようと思えば相手の近況はすぐ探れる。米国誌『New Yorker』の言葉を借りるなら、SNSは「完璧な別れが困難な時代」をもたらしたのである。大ヒット中のアリアナ・グランデの楽曲『thank u, next』は、そんな世界で前進する方法を教えてくれる。  

『thank u, next』MV 2000年代のラブコメ映画のパロディも話題を呼んだ


誰もが「バズるゴシップソング」を予想していた

『thank u, next』はアメリカで首位デビューを飾っただけでなく、YouTube再生数の新記録まで樹立した。元々、話題性は約束された曲だった。経緯を説明しよう。2018年10月、アリアナはコメディアンのピート・デヴィッドソンとの婚約を破棄した。この破局をすぐさまネタにしたピートに対し、アリアナは苦言をツイート。そこで放った言葉が、新曲のタイトルだった。「thank u, next (ありがとう、次)」。 

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『thank u, next』は、セレブが破局したセレブについて歌う楽曲なのだ。これを世間やメディアが放っておくはずはない。 

 アメリカにおいて、ポップスターが元恋人について音楽で語ることは珍しくない。数多の有名人との恋路でタブロイドを騒がしてきたテイラー・スウィフトやドレイクによる失恋ソングは、リリースされるたび「どのセレブのことを歌っているのか」が話題になされるのがお約束だ。ピートとの交際に話題が尽きなかったこともあり、アリアナの新曲も、そうした「バズるゴシップソング」の一つになると予想された。しかし、結果は違っていた。彼女が書き上げた作品は「破局にまつわるヒットソング」の概念自体を覆す内容だったのである。 

アリアナ・グランデ ©Getty Images

「ショーンと最後までいくと思ってた でも合わなかった 

リッキーについての曲も何個か書いた 今聴くと笑っちゃう あと少しで結婚しそうだったのにね 

そしてピート、本当に感謝してる 

叶うなら マルコムにありがとうって言いたい 彼は天使みたいな人だったから 

一人は愛を教えてくれた 一人は忍耐を あと一人は痛みを教えてくれた 

そして 今の私はマジで最高」 

「ありがとう、次 ありがとう、次 ありがとう、次 

私は元カレたちに本当にクソ感謝してる」 

(アリアナ・グランデ『thank u, next』より) 

蓋を開けてみたらSNS時代にハマる「感謝と前進ソング」だった

『thank u, next』は、4人の元カレへの感謝に満ちていた。曲中、破局は成長の機会と捉えられており、元恋人たちは学びを与えてくれた存在として謝辞の対象となる。アリアナ・グランデが生み出したこの「感謝と前進」の破局ソングは、驚きとともに迎えられた。 

 一般的に、ヒットナンバーの多くは破局をネガティブなものとして扱う。例えば、アデルの『Hello』では悲しみや後悔、テイラー・スウィフト『We Are Never Ever Getting Back Together』では元恋人への怒りが歌われている。同じくテイラーの『Shake It Off』やケイティ・ペリー『Wide Awake』は「辛い過去を克服する強い自分」を鼓舞するパワー・アンセムだが、乗り越えるべき壁を作ったとされる元恋人はポジティブには描かれない。

 『thank u, next』は、こうした類型のいずれにも当てはまらない。「感謝と前進」を貫く姿勢は、名前を挙げたどのヒットチューンよりも寛容で融和的だ。結果として、この異例の破局ソングはポップ・ミュージックにおけるブルーオーシャンだった。SNS社会特有の需要にぴったりとはまったのだ。 

 破局は必ずしも「人生を損なう悲劇」ではないし、経験は決して無駄にならない。かつての恋人たちは学びの機会を与えてくれた存在であり、彼や彼女がいたからこそ今の自分がいる──別れた相手を思い出すことが多い環境にあるならば、その存在を肯定できたほうが精神衛生上ずっと良い。ただ悲しみに暮れたり、破局相手を否定したりするだけでは学ぶことができない人生の教訓があることを『thank u, next』は教えてくれる。