曲後半のドンデン返し「ついに出逢った」
元カレに感謝していく『thank u, next』だが、実は、後半にある種のドンデン返しが仕組まれている。なんと、アリアナはついに運命の相手と出逢ったと明かすのだ。
「ある人と出逢ったの 私たち 良いディスカッションしてる
早すぎるって言われるのはわかってる
だけど最後の相手になる だって彼女の名前はアリ 私たち最高に上手くいってる
彼女は愛を教えてくれた 忍耐を、どうやって痛みと向き合うのかを教えてくれた」
(アリアナ・グランデ『thank u, next』より)
さまざまな困難を乗り越えてきたアリアナ・グランデが邂逅した「最後の相手」、その名はアリ、つまり自分自身だ。『thank u, next』は、他者のみならず自分にも感謝する自己受容に着地するのである。
米国を席巻する「セルフケア」ブーム
ゆえに、本楽曲は「セルフケア」アンセムにもなった。ここでいう「セルフケア」とは、自分自身をケアすることを意味する言葉で、精神医療への拒否感が低いアメリカの若年層で流行している概念だ。「他人ばかり気にすることをやめて自分を気遣おう」といったメッセージ性が強く、女性の実践者がとくに多い。
「セルフケア」にはヨガやライフコーチングから、自分の気持ちを“今、この瞬間”に意図的に向ける「マインドフルネス」の手助けをする瞑想アプリ、「You’re awesome(あなたは最高)」などと言った文言が入ったグッズやリラックス効果のある香料を使ったオーガニックキャンドルまで、自分自身の心身の状態をよりよくするもののおおよそすべてが含まれる。ネットで「self-care(セルフケア)」と検索すると、「セルフケアのためにできること◯選」などといったリスト記事がいくらでもヒットする。
「セルフケア」の市場規模はアメリカのみで100億ドルと目されており、ドナルド・トランプが当選を果たした2016年大統領選挙を機に需要がさらに増加したとnprで報告されている。アメリカの若年層に民主党サポーターが多いことを考えれば、分断や衝突が喧伝されるトランプ政権期に「セルフケア」が流行することはそう不思議じゃないだろう。そして、他者を肯定しながら自分を慈しむ方法を示す『thank u, next』は、まさしく「セルフケア」時代に必要とされたエンパワーメント・ソングだ。
「罵りも嫌味もいらない。ただ愛情を、感謝を、受容、正直さ、赦し……そして成長を」
no drags.... no shade..... jus love, gratitude, acceptance, honesty, forgiveness ... and growth 🖤
— Ariana Grande (@ArianaGrande) 2018年11月3日
アリアナの歌声はなぜリアルか
もちろん、『thank u, next』は歌い手がアリアナだからこそパワーを孕んだ楽曲に他ならない。『thank u, next』が多くの人々の心を打つのは、その歌声がリアルだからだ。冒頭で天使に例えられる元恋人のマルコムことラッパーのマック・ミラーは、アリアナがピート・デヴィッドソンと破局する1ヶ月前にドラッグのオーバードースで急逝している。後半には「あんな酷いことは最後にして」という歌詞があるが、これはマックの死、または2017年にアリアナのマンチェスター公演で起きたテロ事件を指すと推測されている。
彼女が大きな悲劇を乗り越えてきたことはみんな知っている。好奇の目に晒され続ける境遇でありながら自分自身を曝け出した彼女は非常に勇敢だ。2018年、アリアナ・グランデは、まごうことなきスーパースターとなった。しかしながら、それよりも彼女に相応しい言葉は、ヒーローなのかもしれない。