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台風、武内、上田、そしてガラガラの神宮球場

 先発の小川泰弘はまったくピリッとしなかった。初回だけでフォアボールを挟んで4連打を喫して、あっという間に3失点。さらに2回にはビシエドに見事な一発を食らって3失点。2回表終了時点で0対6のバカ試合。風はどんどん強くなり、まったくビールもおいしくない。それでも、じっとグラウンドを見続けていると、徐々にヤクルトの反撃も始まった。

 ……とは言え、9回表が終わった時点で3対9。6点ビハインドの場面で中日のマウンドには田島慎二。いくら本調子ではないとはいえ、かつては「タジマジン」と呼ばれた男だ。このときの僕は「誰でもいいから、誰か気持ちのいい一発を打ってくれ! マジ、それだけでいいから……」と、ただそれだけを願っていた。

 嵐の吹き荒れる中、バカ試合にも関わらず冷たいビールを呑み続けた勤行、苦行の成果だったのだろうか? この場面で代打・武内晋一がツーランホームランを放った。これは4年ぶりの一発となる今季1号であると同時に、結果的に現役最後のホームランとなった。

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(もう、これだけで十分だよ。ホントにいいものを見た。どうもありがとう武内。僕はあなたの雄姿を決して忘れないよ……)

 まるで、「永遠の別れ」のようなことを、僕は考えていた。正直に言えば、「今季限りで武内は引退するのだろう」と思っていたし、「目の前で武内のホームランを見ることはもうないだろう」と思っていた。武内の放ったプロ通算第22号。その弾道は実に美しかった。打った瞬間にそれとわかる一発。本当に美しかった。

今季限りで現役を引退した武内晋一 ©文藝春秋

 そして、この一発が「奇跡」の呼び水となった。さらにヒットは続き、この回だけでまさかの6点。試合は9対9の振出しに戻った。こうなれば勢いはヤクルトだ。何しろ、石山泰稚、近藤一樹と勝ちパターンの継投は完全に温存されている。10回裏のチャンスをものにすることはできなかったけれど、11回裏に上田剛史が文句ない3ランサヨナラ弾を放ったのは必然だった。

 この日の観衆は1万4582人と発表されている。しかし、天候と試合内容のせいで、試合中盤時点で多くのヤクルトファンが席を立っていたため、歓喜のサヨナラの瞬間を見届けたのは、この数よりもずっと少なかったはずだ。試合が終わったのは22時39分だった。とにかく長い試合だったけれど、本当に久々にガラガラのライトスタンドから見るサヨナラ弾は、秋の訪れを感じさせる物悲しくも、実に美しい光景だった。

 ……台風21号が迫りくる中での特異な状況、愛すべき武内晋一の現役最後のホームラン。野球人生初だという上田剛史の歓喜のサヨナラ弾。9回に6点差を追いついて手にしたサヨナラ勝利。奇跡のような一夜。感慨深い試合。だからこそ、18年9月4日のこの試合を、僕は「今年のベストゲーム」に推したいのだ。

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