平成が終わる。昭和63年生まれで、1歳の誕生日が平成元年であった30歳の私からすれば、平成という時代はぴったり私の生きてきた時代と重なることになる。小学生時代にPHSがにわかに流行しだし、中学1年の時にdocomoから900iがリリースされ、爆発的に携帯電話が広がったあの時代のうねりは、今でも鮮明に覚えている。2007年にiPhoneがリリースされると、その後たった10年で従来の携帯電話は見る影もなくなった。07年といえば、私のプロ野球1年目。あまりに高い、高すぎるプロの壁は、むしろ夢を見ることを潔く諦めさせてくれた。地獄のような練習の中で徐々にプロ野球選手っぽくなっていく自分に気がついたのは6月。常識では考えられない練習量が、無意識に体を動かす感覚を知った。あれから11年。今では、常識では考えられない原稿の締め切り日が、私をパソコンの前へと連れて行くことを学んでいる。

 さて、時代は変わる、という話である。

(平成最後というキーワードに乗っかって何か書きたい、という私のエゴに付き合っていただきありがとうございます)

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 平成最後のプロ野球で、広島カープが三連覇することなど、誰が予想できただろうか? 横浜ベイスターズはDeNAベイスターズへと生まれ変わり、暗黒期を抜け出したと言える成果をあげた。そんな時代の移り変わりを感じつつ、これからのベイスターズについて語ってみようと思う。

Bクラス転落とラミレス監督の采配

 3年ぶりのBクラス転落。私の在籍していた07年〜12年はまさに暗黒期のど真ん中と言っていいだろう。まさか、Bクラスに「転落」するという表現をこんなに早く使えるとは思ってもみなかった。18年のベイスターズはペナントレースを4位という結果で終えた。17年シーズンは8つの貯金をつくり3位。クライマックスシリーズからの日本シリーズ進出は、記憶に新しい。両シーズンの違いの中で、私の中で大きな差は、ラミレス監督の決断の早さである。

 17年、開幕して2ヶ月間なかなか調子の上がらない桑原を使い続けた結果、7月に月間MVPを獲得するまでに調子をあげた。「レギュラーは、1年間出続けるもの」という一貫した姿勢は、最終的にチームの成績に現れる。あらゆる選択肢がある中で、また、あらゆる声が聞こえてくる中で、一貫して使い続けることの勇気は見事だった。しかし、18年は動きが早かった。開幕わずか5試合目で、桑原をスタメンから外している。桑原がスタメンから外れることは、実に2年ぶりのことだった。このことに代表されるように、昨年のラミレス監督の動きは早かった。

 就任3年目、結果を出すことに徹底的にこだわった結果、本来の「良さ」が失われたのかもしれない。しかし、これも結果が出なかったから言えること。これで結果が出ていれば、ラミレス監督の決断の早さは大いに讃えられていたことだろう。勝負の世界に「たられば」はないにせよ、良いか悪いかは置いておいて、決断が早かった。1年というくくりで見れば、悪かった、と言わざるを得ない。ラミレス監督は自らの采配について「自分で多くを決めすぎていた」と全選手、全コーチの前で謝罪をしている(この様子は、ベイスターズの舞台裏を撮影し続けた映画「FOR REAL」で観ることができる。ここでは、スタメンから外れた桑原の苦悩も描かれている)。一言で言うと、勝ち急いだ2018年。それが、私から見た昨年のベイスターズだ。

 いい話ももちろんある。ルーキーの東が11勝をあげ新人王を獲得。特に、巨人戦の初対戦からの5戦5勝はベイスターズファンを大いに勇気付けた。そして、わずか107試合の出場で41本のホームランを放ちタイトルを獲得したソト。ロペス、筒香、宮崎という球界を代表するクリーンナップにソトが加わり、打線が相手に与えるプレッシャーは相当なものとなる。山崎康もセーブ王のタイトルを獲得。入団からわずか4年、日本人投手最速で100セーブを達成した。今永、濱口、ウィーランドといった17年シーズンに勝ち星を積み重ねた投手が軒並み機能しない中、20・20(20本塁打20盗塁)を達成した梶谷まで離脱。投打にキーマンを欠いた状態を考えると、むしろよく粘ったと評価できるかもしれない。史上初となる観客動員数200万人を達成したのも、そんなチームに対する期待の表れと言っていいだろう。

ラミレス監督の決断が鍵を握る ©文藝春秋

2015年のカープとの類似点

 さて、19年のベイスターズである。その前に、今や磐石となった首位カープの話をしよう。13年、14年シーズンで2年連続3位と、ジワジワ自力をつけて来た迎えた15年。黒田、新井がカープに復帰し、メジャーに行くマエケンのラストイヤー。さらに、大瀬良、ジョンソン、野村という先発陣も強力で、一岡、今村、中崎の中継ぎ陣も充実。菊池、丸、田中、鈴木誠也もこのころから開幕スタメンに名を連ねている。いよいよ、カープは優勝に向けて準備を整えて来た。しかし、そんなカープは、この年4位だったのだ。そう、Bクラスに「転落」している。「カープ女子」なんていう言葉も流行りだし、ファンの期待も最高潮。その証拠に、この年は球団史上最高の観客動員数を記録している。その中で、Bクラス。この状況、昨年のベイスターズに非常に似ている気がしないでもない。

 その翌年の16年、カープはどうなったか? そう、シーズン89勝をあげ、優勝。黒田が200勝、新井が2000本安打を達成。タナキクマルは完全にフィールドを制圧し、前半戦だけでチーム盗塁数はなんと77! 打率.335 29本 95打点の鈴木誠也は完全に覚醒。16勝をあげた野村は最多勝、15勝のジョンソンは沢村賞を獲得。記録にも記憶にも残りまくったまさに「神ってる」年であった。

 その原因はなんだったのか? もちろん、いきなり強くなったわけではない。前兆があったはずだ。その1つに、前年の「Bクラス」があったに違いない。“悔しさ”は、行動を起こす強い動機となりうる。得てして人間は悔しさを忘れがちであるが、時に心に深く刻み込まれることがある。大勢の人の前で辱めや悔しさを感じた時、それは特に起こりやすい。「もうあんな惨めな思いはしたくない」という強い想いは、人を行動に駆り立てる。

 4位で終わると、クライマックスシリーズもないためシーズンが早く終わる。この11月〜1月の3ヶ月をどう過ごすかは、翌年の成果に大きく影響する。悔しさを保ったままオフシーズンに入れば、当然練習量は増えるだろう。お互いがお互いを刺激しあい、「あんな想いはもう二度としない」という、言葉を交わさなくてもお互いの中で交わされる想いが、さらに練習を加速させる。その結果、2月のキャンプは相当充実したものになる。競争も激化し、チームにポジティブな循環が生まれ出す。開幕へ向けて、一気にチームは出来上がっていくだろう。16年シーズンのカープは、とにかく前半戦がぶっちぎりで強かった。前半戦だけで貯金19、2位とのゲーム差10。前年の11月から準備をしていると、これだけの成果をあげられる可能性がある。

 1つの事象をもとに、結果と結びつけて語るには少々強引な面もあるが、Bクラスから翌年1位ということが可能であることは確かだ。それに、そんなことはこれまでのプロ野球の歴史の中で何度もあった。昨年だって、前年96敗でダントツ最下位だったヤクルトが9つの貯金をつくって2位だった。今や、最下位が定位置だったこれまでのベイスターズではない。勝てる素地は、もうあるのだ。今年のベイスターズが優勝しても、何も不思議なことはない。