1991年作品(109分)/KADOKAWA/2800円(税抜)/レンタルあり

 かつて、映画の前売り券にオマケが付くことがあった。特に印象深いのは、中学時代に観た二本の角川映画の前売り券についてきたオマケだ。

 一本は『天と地と』。主人公の上杉謙信にちなんで、毘沙門天像のキーホルダーがオマケだった。当時は謙信好きだった筆者は喜び勇んで前売り券を購入した記憶がある。

 そしてもう一本が、今回取り上げる『天河伝説殺人事件』だった。『天と地と』と同じく、榎木孝明主演の作品である。

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 この映画のオマケは、物語の舞台となる奈良県は天河神社にある「五十鈴のお守り」のキーホルダーだった。三つの玉を繋ぎ合せたその独特な形状の物珍しさもあり、これもとても欲しくなり、やはり前売り券を買ってしまった。

 もちろんそれだけではなく、映画そのものへの期待もあった。《『犬神家の一族』以来十五年ぶりとなる製作・角川春樹=監督・市川崑によるミステリー映画》として売り出されていた本作は、予告やポスターなどの宣伝を見る限りではオドロオドロしい陰惨な世界が展開されているように思えた。当時からその手が大好物だったため、公開前からテンションは上がった。

 ただ、物語そのものに対しては、「肩透かし」というのが率直な感想だった。天河神社のある奈良の天川村を舞台に能楽の名家の骨肉の争いが繰り広げられるのだが、ドラマも謎解きも薄味で平板で、「これならテレビの二時間ドラマで十分だな」と思えたのだ。

 それでも、観終えて不満は全くなかった。素材が薄味な分、その上にコッテリと濃厚なソースがかかっていたからだ。ソースの正体は、市川崑の演出。全編を貫く、ひたすら薄暗く陰影の濃い映像。新宿ビル街での殺人、奈良の山奥での男女の逢瀬、能舞台での人々の対立、名探偵・浅見光彦(榎木)の吉野来訪――をリズミカルな編集で見せて瞬時に事件の背景を分からせる冒頭をはじめとする、複数の状況を同時進行させる演出。

『犬神家』同様に、土俗的な映像をスタイリッシュに切り取っているため、一つ一つのカットにパンチ力がある上に時間がテンポよく過ぎていく。その結果、絶えず刺激的な興奮を得られ続けて物語自体の平板さが気にならず、全く飽きが来ないのだ。市川崑のこれまで培ってきたテクニックを存分に駆使したハッタリあふれる映像美が話の薄さを完璧にカバーしており、その巧みな編集のリズムに浸っているうちに、楽しくも満ち足りた気分のままエンディングを迎えることができた。

 オマケに釣られたおかげで出会えた、めくるめく映像の世界。この時代ならではの、嬉しい邂逅であった。

泥沼スクリーン これまで観てきた映画のこと

春日 太一

文藝春秋

2018年12月12日 発売