敗軍の将が愛された理由
「夏休みの宿題の絵日記に書いてもらえるような試合を見せられてよかった」
「これだけ多くのお客さんに来てもらったのに申し訳ない」
勝利を届けられたことへの喜びも、それが叶わなかったときの謝罪も、伝えようとした相手はドラゴンズファンだった。
ファンに限らず人を思いやる森監督の人間性も滲み出ていた。日本各地を襲った災害の復興を支援する募金活動でのこと。酷暑の時期、ナゴヤドームの外にあるステージデッキで先頭に立って呼びかけた後に残した言葉である。
「できることしかやれねえだろ」
さも当然と言ってのけてしまうその人柄に心を奪われた。
「引退試合をつくってもいい」とチームに招き入れた松坂大輔の入団に関しても同じだ。プロ入りを見ていた松坂に対する親心と、チームにもたらす相乗効果の考えとは別に、ファンの笑顔も思い浮かべていたに違いない。故障を再発させまいと細心の注意を払った起用法で後押しをした。結果、松坂は期待にこたえる復活劇をはたし、名古屋の街を飛び越えて日本全国を盛り上げたのだ。
人々の記憶から薄れつつあるが、獲得を検討する報道が出た際は否定的な意見が多かった。中にはここぞとばかりに「球団を私物化するのか」と暗にほのめかして批判を浴びせるOBもいたほど。あらゆる賛否を一手に引き受けた森繁和の男気があったことは、やはり知っておいてほしいのだ。
そして、ここからは筆者の個人的な思いを綴らせていただく。一昨年の8月、身内の不幸をおして指揮を執り続けた姿に、特別な感情を抱かずにはいられなかった。正直、一介のライターが触れるべきではないし、許されないとも思っている。森監督の心情に思いを巡らそうとすることすら、非礼にあたると思っている。ただ、そうであったとしても、自分の命をなげうってでも守りたいと思う息子を持つ一人のドラゴンズファンとして言わせていただきたい。
生え抜きでないとか、現役時代にドラゴンズのユニフォームを着ていないだとか、そんなちっぽけなことはどうだっていい。ドラゴンズのため、ドラゴンズファンのために力を尽くしてくれたことを絶対に忘れません。森繁和という野球人に出会い、応援できたことは誇りです。間違いなくあなたは、ドラゴンズにとって、我々ファンにとっての宝です。今まで本当にありがとうございました。そして、これからもなにとぞ、よろしくお願い致します。
2019年の秋。ナゴヤドームでは新体制の下で逞しく成長を遂げた選手たちが、与田監督を胴上げしている。観客席にいるファンはマウンド近くにできた輪に向かって拍手と喝采を送るだろう。その際、願わくば、一塁側のベンチ横に向けて同じことをしてほしい。「シニアディレクター」という新たな肩書きをつけたその人もまた、編成という立場で手腕をふるい、この歓喜を形づくった一人。ドラフト会議やファンフェスタなど表舞台に姿を見せることは一切なく、裏方に徹してチームを支えていくと決めた彼に感謝を伝える場は、きっとこのときぐらいしかないからだ。
スーツ姿の男性は数名並んでいても、すぐに見分けがつくだろう。ダンディを絵に描いたとはまさに彼のことをいう。大人の男の色気がなんたるかを知るに違いない。それでも迷ったのであれば目印は二つ。色みを帯びたレンズの眼鏡と、オールバックの髪型だ。
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