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「内部告発も考えたが……」

 木下によれば、山一の行く末を決定づけたある出来事があったという。それは、平成3年、四大証券による企業への損失補填が発覚した際、当時社長だった行平次雄の発言だった。行平は記者会見で、企業側に穴埋めを迫られていた多額の損失があったにも関わらず、「公表した損失補填以外は存在しない」と明言したのだった。「社長が『ないものはない』と言った以上、『ないものはないで突っ走るんだ』と社内で異論は出ない。では、実際あるものをどうするのか。悩ましかった」。その直後、山一経営陣は隠蔽することを決定。その手法は、木下が中心となり考案され、実行に移された。「会社を救うためにはやむを得ない緊急避難だと自分に言い聞かせた」と木下は振り返った。

 なぜ木下は、隠蔽実行後も危機を訴えながら、事実を公にせず、不正に加担し続けたのか。「内部告発で世の中に訴えることも考えたが、その瞬間に会社が破綻することは想像できた。会社、仕事に誇りを持っていたら、その組織を危機に陥れるような引き金は引けない」。そして、「社内で『不正を訴える』というような言動をとっても、説得されるかクビを切られるかだ。クビを切られた後も、会社は組織として抑えにかかる。だから、一社員として思い切った行動をしようとは思わなかった」と語り、組織における個人の存在の小ささともいうべき現実を吐露した。

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どこにでも存在しうる組織人の姿 

 木下への取材は半年に及んだ。周辺取材から「A級戦犯」と聞かされていたが、その実像は、誤解を恐れずに言えば「ありふれた組織人」の姿だった。組織のためには、不正と分かっていても、上司の命令に忠実に従う。組織が置かれている客観的状況、そして良心との葛藤はあっても、功名心や出世欲が絡み、「仲間のために」などと理屈をつけて自分を納得させてしまう。結局、木下の行動は、組織のためにもならなかった訳だが、矛盾を自覚しながらも、問題の本質と向き合わず、その場しのぎの対応に終始してしまう組織人のあり方は、平成が終わろうとする今の日本でも変わらないのではないか。その意味では、山一の精算は終わっていないのではないか、そんなことを考えた。

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 取材の最後、木下に尋ねた。また同じ状況に立たされたら、どんな選択をするのかを。木下は「同じことをする」と言った。人間の性は変わらないのかと諦観に近いものを感じざるをえなかった。しかし、こうも語った。「環境も自分も常に変化し続ける中で、組織の中における自らの役割を、独立の個人としての価値観で常に真摯に見直し続けられることができれば、同じ間違いは起こさないかもしれない」。少しだけ救われる思いがした。

(文中敬称略)