――小説のモチーフとして、場所、土地というのは惹かれますか? たとえば『畦と銃』でも第一次産業の村での抵抗が描かれていますし。
真藤 東京出身だからかもしれないんだけど、故郷と呼べる原風景がないからなのか、「ここではないどこか」に降り立ったところから物語が起動することが多いんです。たとえば過去作の『墓頭』では毛沢東やポル・ポトが出てくる中国やカンボジア、フィリピンなどのアジア諸国を書いて、『バイブルDX』ではロシアやイスラエルを書いた。伝奇小説や大河小説のアプローチで、ある種のカオティックな時代のうねりに呑みこまれる人々の躍動を書きたい。放っておくとふくらんでいく巨編志向は、編集者には疎まれっぱなしですが(笑)。
生活がどうにかなってしまうぐらい物事を突きつめる面は自分にも
――物語は、1952年、戦果アギヤーの英雄的存在だったオンちゃんが失踪。残された幼馴染みの男女3人、グスク、レイ、ヤマコはその後、それぞれぞれ警官、闇社会の人間、教師と、異なる道を歩んでいく。この主要人物はどのようにイメージされたのでしょうか。また、ご自身を投影されている部分はありますか。
真藤 まず、ヤマコが男女3人の中でも一番前に出てくるくらいの構成を考えていました。男2人や男3人の関係性はこれまでもたくさん書いてきたけど、女性がヤロウ2人に負けないくらいに能動的で魅力的、という話はあまりなかったので。女性読者にも共感してもらえるような、朝ドラのヒロインも張れるような女性像を試行錯誤しました。
ヤマコは働き者で一途で、だけど狙った男はこっちから落とすというたくましさやしたたかさもある。彼女のように、生活がどうにかなってしまうぐらい何かを思いつめる、物事を突きつめるというところは自分のなかにもあると思います。僕はあんなに働き者ではないですけど。
グスクはわりと変わらない男なんですよ。劇的に周りの環境や仕事は変わっていっても、軸がぶれない男で。ものぐさだけど、やる時はやる。ものぐさというところが僕と同じですよね。
レイは一番やんちゃな末っ子タイプで、長ずるにつれて思想を尖鋭化させていくという。最初のうちは「お前の取り柄は、運がいいだけ」とか言われているんだけど、社会に向けてワーッと野良犬みたいに歯をむいているうちに、だんだん本物の脅威になっていくというのは、自分が書くキャラクターの中のひとつの典型としてあります。 だけどそんな人物が、取り返しのつかない過ちを犯しながら、ある面ではもっとも強靭な魂を獲得するというところもあって。