自分のような女を妻にはしないと確信していた
もちろん彼女は、彼の妻についてはその経歴や容姿、出身地などを断片的に知っているだけで会ったことも喋ったこともないが、その妻と自分が全く別の価値に重きを置いて生きていることを感じ取っていた。だからこそ彼にとって、自分のような女がその道でどれだけ魅力的であっても、妻の代替物にはならないというのが彼女自身の認識であった。今の妻を妻とする男が、自分のような女を妻にはしないとも確信していた。
当然、意地悪かつ親切で、彼女の魅力をよく知っている周囲は、彼の妻が彼女に何か優っているようには思えず、彼女にもそのようなことを言っていたのだが、その一点について、彼女の考えは頑なだった。家柄もよく学歴も申し分ない。むしろ彼よりも学歴は高く、語学においては2倍も3倍も上手だったし、収入も彼と肩を並べているうえ、顔は少しギャルっぽさの残る美人である。彼女自身、自己評価が低いわけではなく、仕事などではむしろ評価を求めてがっつくタイプだったものの、彼のような男性の本妻の位置につくということについて、彼女は全く最初から静かに絶望していた。むしろ、周囲から見れば邪魔に見える妻がいるからこそ、彼にとって自分のようなタイプの自由な女が魅力的に見えるとも言っていた。
「もう一回人生やり直しても、そういう人生は送れないと思うし」
彼女の見解が、100%間違いないかというと、それは私にはわからない。実際に、不倫相手と再婚する人はそれなりの数がいるし、その後、夫婦仲がなんとか修復された彼がもしあの時に妻と離婚していた場合に、彼女との付き合いをどのように発展させていたかは憶測しかできない。彼女が言う通り、彼女との付き合いは維持したまま、前妻と似たようなタイプの新妻を探していたかもしれないし、彼女の元に居ついていたかもしれない。
ただ、彼女のそのような自己認識と、男の都合の良い愛のあり方への理解は、少なくとも彼女を勘違いブスと一線を画した愛人にしているように思う。悪口や愚痴を言わそうとする周囲に、彼女がそそのかされることは稀だったが、次のような言葉は印象深い。
「私が妻より持ってるものって、収入とか学歴とか社会的信用とか、別に彼女がこれから得ようと思えば頑張りゃ得られるものだけど、彼女が勝ってる部分って、若さとか無邪気さとか素直さとか、今から私がどうやったって獲得できないものだから、もしそれに嫉妬したら、一生克服できないで嫉妬し続けなきゃいけないでしょ。彼女の手にしているものは羨ましいけど、でも羨ましくない。そういう人生は送れなかったし、もう一回人生やり直しても送れないと思うし」