「自分が望めば、私はだれよりも大統領らしくなれる。偉大なエイブ(注:エイブラハムの愛称)・リンカーンを除いて」(2016年3月9日、記者会見)。
超ポジティブ思考のトランプ(第45代大統領)は、就任前から史上ナンバー2の大統領まで上り詰めていた。選挙中にはヒラリー・クリントンに「お前はリンカーンじゃない」(2016年10月9日、第2回討論会)と面罵さえしたが、しかしなぜトランプはリンカーンを目指すのだろうか。
共和党の創始者リンカーンは、政権に敵を取り込んだ
リンカーン(第16代大統領)といえば、「奴隷解放宣言」(1862年)やゲティスバーグ演説「人民の人民による人民のための政治」(1863年)で有名だ。「史上最高の大統領ランキング」ではトップの常連である。南北戦争(1861- 1865年)によるアメリカ分断の危機を乗り越えた偉人として、広く国民に記憶されている。トランプが代表となった共和党の創始者でもあり、同党は別名「リンカーンの政党」とも呼ばれるぐらいだ。トランプの公約「政府より人民に重きを置く」もリンカーンを思い起こさせる。これまでのトランプ最高の演説と誉れ高い「就任後100日計画-アメリカ有権者との誓約」演説(2016年10月22日)も、リンカーンにあやかってペンシルバニア州ゲティスバーグで発表した。
トランプは「現代の分断したアメリカ」をリンカーン時代の「南北アメリカの分断」に重ねあわせているのだ。目指すは、分断を乗り越えた「リンカーンのリアルな大統領らしさ」(トランプ)を超える政権運営である。
リンカーンが南北戦争の分断から融和に導けたのには秘策があった。それは、政権のメンバー構成にある。リンカーンは当時、反リンカーン派急先鋒で、大統領選でも激戦を繰り広げた3人の政敵を主要閣僚に登用したのだ。そして、彼らこそが、アメリカ統合に向けた「最大の同志」となった。司法長官エドワード・ベイツ、財務長官サーモン・チェイス、国務長官ウイリアム・スワードの3人だ。のちに「敵同士のチーム」と呼ばれる政権である(未邦訳『敵同士のチーム:政治の天才エイブラハム・リンカーン』)。
このチーム方針は、リンカーンの政治哲学のひとつ「過去の復讐のために、貴重な政治エネルギーを浪費するな」(同前)からきている。この姿勢はトランプにも好影響を与えているだろうか。
政敵クリントンに対して、「(私が大統領になったら)お前を投獄する」(第2回討論会)とまで言い放ったが、勝利確定後、矛をおさめ「クリントンはわが国のために長年、尽くしてきた」(2016年11月9日、勝利演説)と労をねぎらった。
選挙中、トランプに激しく敵対し、党としての支援さえ拒んだ同党主流派の代表格ポール・ライアン下院議長については、こう語っている。「彼は高級ワインのようだ(訳注:かつては未熟だったという皮肉も込めて)。日々、ましていく彼の天才性を私は堪能している。改革のために共に働いていく。でも、もし私に逆らったら、そう(高級ワインとは)呼ばないけど」(12月11日、ウィスコンシン州「感謝集会」演説)。落としては持ち上げ、そして落とすのはいつものトランプ流だが、その後、まさに「敵同士のチーム」作りを大統領就任日に間に合わせた。大臣から高官までトランプ政権に集った要人約4000人は、共和党の主流派や元からのトランプ支持派だけではない。選挙中、トランプと敵対した保守派やティーパーティー派のメンバーも含む。こうしてトランプ政権は、共和党保守本流の「オールスター」が結集した布陣を築くことに成功したのだ。