「自分にはなんの取り柄もない」個人の仕事が減って思いつめた
――そして、12月1日には「体調回復を優先にするため」活動休止を発表します。
田中 「関ヶ原」後、体調が悪くなることが増えて。「めまいがするのでちょっと待ってほしい」とお願いして、リリースイベントの開始が数分遅れることが何度かあったんです。メンバーとお客さんに迷惑をかけてしまうのはよくないと思って、けじめをつけて休みました。
――その原因は?
田中 その頃、個人仕事が減っていたんです。事務所も当時ブレイクしはじめた浅川(梨奈)に力を入れるようになって。「個人仕事がなければ自分にはなんの取り柄もなくなってしまう」「私はグループに必要な存在なんだろうか」と悩んでいたらコンディションが崩れていきました。サイクルが巡って、スパガ初期に悩んでいた頃に戻ったようで面白いですよね。いろんな経験をした分、初期より精神的にキツかったんです。
――浅川さんの活躍はどう見てました?
田中 グラビアをやることになった当初、すごく悩んでいる姿を見ていたので「大丈夫かな」と親心で見守っていたんです。だけど、彼女なりにどこかのタイミングで吹っ切れて武器に変えたので、私も応援しようと思いました。スパガの名前を世に出してくれてありがとうという気持ちです。
活動休止中に「失踪説」が流れた理由
――活動休止期間は何をしていたんですか?
田中 入院していた時期もあるんですけど、家に戻ってからは一歩も外に出なかったです。テレビも観ずに携帯も触らずにずっとベッドに横たわって天井をずっと見てました。ママと同じ寝室で、ママはキングサイズのベッド、私は端っこのスペースにすっぽりハマったシングルなんですけど(笑)。
――より落ち込みませんか?
田中 そうしていることで安心できたんですよ。そんな私を見かねたママが「フラッと海に行こうか」と誘ってくれて、ママと私とお兄ちゃんで海に行ったんです。それから外に出るようになって、普通の生活を取り戻しました。
――海に出かけたことが大きかったと。
田中 ただ、海に行った時に携帯を水没させちゃったんです。活動休止中に誰とも連絡を取れなくなったから、「失踪した」という噂も流れたみたいで(笑)。
――ファンの方の声は届いてましたか?
田中 ツイッターに毎日のように「戻ってきてほしい」とか「今日は何してますか?」とコメントをくれる方たちがいて、「こんなに求めてくれる方たちがいるんだ」「ファンの方のためにも戻らなきゃ」と思うようになったんです。