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富裕層やステータスの高い人が「疑似科学」にハマる理由

 ただ、がん医療はスマホとは違い、有効性を確かめるには時間を要する。がん治療から得られる究極的な利益は、生命予後の延長である。状況にもよるが、これを確認するには数ヶ月から数年の時間がかかることが一般的である。例えば、私が専門とする乳がんが根治したか否かの確認には、手術から10年を超える年月が必要である。そのため、自分が受けたがん医療の正当性を患者自身が即座に見極めることは困難であり、不可能といってもよいかもしれない。

 さらに状況を複雑にする現実として、必ずしも全てのがんが根治するわけではないことが挙げられる。この場合、最終的な結末はがんによる「死」であるため、治療の過程や長さに価値を見いださない人や、逆によりよい医療を求めて独自の情報収集を行い、お金に糸目をつけず治療を行う人が存在する。とりわけ富裕層や社会的ステータスの高い人は、「一般病院で行われる保険診療よりも、自身にふさわしい、プレミアムな治療が世界のどこかに存在する」と考えがちである。金儲けを目的とした疑似科学はこのような人々を標的としている。著名人がこうした“治療”にはまる頻度が高いように見えるのは、決して偶然ではない。

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無知な患者につけこむ疑似科学

 がん医療は些かの妥協もない科学的プロセスを経て承認される。新しい科学的発見に基づく薬剤がこのプロセスに乗るには、まず「前臨床研究」、もしくは「橋渡し研究」と呼ばれる基礎的な検討を行い、十分な安全性を検証した後、臨床試験が開始される。最適な投与量と副作用を検証する第一相試験と、その有効性を検証する第二相試験がまず行われる。さらに、既存の標準的な治療薬と比較して、これを凌駕する治療効果を発揮するか否かを検証する第三相試験が行われ、十分な結果が得られれば薬事承認される。

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 この間に10年程度の期間がかかることはざらである。2018年のノーベル医学生理学賞の受賞が決まった本庶佑特別教授は1992年にPD-1を発見したが、オプジーボの承認に至るまで四半世紀の歳月が必要であった。これは、がん新薬の確立までにいかに多くの努力と時間を要するかという好例であろう。

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 疑似科学をもとにした治療は、このプロセスを全てすっとばしている。医療の科学としての曖昧さと、効果の検証が困難であることを利用し、医療の科学性に無知な一般のがん患者につけ込んでいる。がん免疫治療にスポットが当たれば、何か「免疫に関わりそうなもの」を用い、検証を行わず、1回100万円を超える高額な料金を徴収して投与する。

 一方で「がんは放置しろ」という主張もある。これが一理あると言うならば、詳細な研究計画を作成して、倫理性を担保しつつ科学的な検証を行い、専門家の検証(査読)に耐える統計学的な論理性を示すべきである。科学的な検証のないままがん放置を推奨する“理論”を書いた一般書を出版し、たとえベストセラーになろうとも、そこに科学的な説得力はない。