近年、著名人のがん患者が抗がん剤や手術を拒否し、民間療法や代替医療に走る例が報じられている。たとえば2015年9月に亡くなった女優の川島なお美さんは、金の棒で患部を撫でる民間療法を受けていた。効果不明な高額療法や、キノコの抽出物などの話を身近で聞いたことがある人も多いだろう。
こうした例が絶えない理由の一つが、医療に内在する伝統・経験の蓄積と、現代科学との境界線の「曖昧さ」にある。
「曖昧さ」が生まれる理由
古代より医療は人の営みに欠かせないものであり、長きにわたる経験と習慣の蓄積という側面がある。例えば、普段健康な若者が、咳や喉の痛みなどの症状で病院に行けば、医師は大がかりな検査を行わずとも風邪と診断し、症状を抑える薬を処方し、暖かくしてよく休養をとるよう指示する。これはヒポクラテスの時代から変わっておらず、この判断に現代科学は介入していない。先人の知恵が現代の医療現場に活かされている事例は数多く存在するが、これらと現代科学との境界線をはっきりと引くことの難しさが、疑似科学の医療への親和性を高めている。
この「曖昧さ」は時に専門医である我々に対しても、経験・習慣に基づく医療と科学の境界線を混同させることがある。ましてやがん患者として病院を受診する大多数の一般の方は、自身が受けるがん医療がどのような科学的根拠にもとづいているかまでは想像しないだろう。私もスマートフォンを使用する場合、問題なく操作できれば満足であり、その原理や構造に興味はない。医療を受ける側の態度もこれに似ている。