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野次と金本と私〜神宮球場で金本知憲に怒られたあの日のこと

文春野球コラム ウィンターリーグ2019

2019/02/05

 2002年、シーズン終盤。俺は神宮球場のバックネット裏でカープの試合を観戦していた。ヤクルトのリードで迎えた最終回、2アウト。バッターはこの年、極度のスランプで打率3割を大きく下回り、シーズンオフに阪神にFA移籍することになる金本知憲。

 ラストチャンス。席を立ってバックネットに指をかけ、金本に必死に大声で声援を送る。自慢のパワーで敵を撃て! しかし……結果は痛恨の内野フライ。ため息をつくカープファン、歓喜の声をあげるヤクルトファン。金本は首を傾げながら下を向いてゆっくりと一塁へ、ネクストバッターズサークルでいつものように上体を屈め、腰を左右に揺らしながら太ももの裏を伸ばしていた前田智徳はベンチへと向かった。

 じつは、金本が力ない内野フライを打ち上げたその瞬間、悔しさがピークに達した俺はネットを強く掴んで「なんしょんなら(なにをやっているんだ)金本!」と広島弁で叫んでいた。その後グラウンドに背を向けブツブツ文句を言いながら帰り支度をしていたのだが、なにやら背後から怒鳴り声がする。なんだろう。振り返ると、ベンチの手前からバックネット側……つまり観客のいる我々の方向を見つめながら立っている男が。なんと険しい顔で「いま言うたの誰や!」と叫びながら、金本がバックネット付近にいるファンを睨みつけていたのである。

広島時代の金本知憲 ©文藝春秋

「お前か!」野次った人間を探す金本

 えっ。まさか俺の野次に反応したの? 意図的に野次ろうとしたわけではなく本能的に出た母国語、つまり広島弁だったのだが、金本はそれに反応し、野次った人間を探している。他ならぬ俺だ。ついに業を煮やしたのか、今度は目が合った別の人に「お前か!」と問い詰め始めた。それを見て一気に我に返った俺は、バックネットに駆け寄って試合中よりも強くネットを掴み、金本の目を真剣な眼差しで見ながら叫ぶ。心の底から「打ってくださいよ! こっちも本気なんですよ!」と。

 驚いた。その瞬間、金本の“目”が明らかに変わったのだ。俺が我に返ったのと同じように金本も我に返ったというか、自身が打てなかった悔しさは大きいが、それでいて俺に返す言葉も無い。まるでそんな感じ。苛立ちながらもその目は険しさを失い、複雑な表情のまま無言でベンチに下がった。ベンチの階段をおりる一段一段、金本が俺の視界から沈んで消えた。

 冒頭で書いたとおり、この年のオフ、金本はFA宣言して阪神に移籍する。金本との初めての接触が口論だなんて想像もしてなかったけど、それでも俺は金本が言い返したことに腹を立てたりはしなかった。俺が叫んだ後の表情。言葉にはしなかったが、反省や後悔のようなものが垣間見えたあの表情がどうしても頭を離れなかった。なによりその数ヶ月後、金本は阪神への入団会見でカープ愛を語ってくれた。だから俺は阪神に行った金本を恨むことも無かったし、むしろこれまで同様に応援しようと思っていた。

阪神への入団会見ではカープ愛を語っていた ©文藝春秋

焼肉屋で偶然の再会

 2003年、春。新シーズンを迎え翌日の阪神戦を観戦するため広島に帰省した俺は、当時よく通い、カープの選手も愛用していることで有名だった某焼肉屋で地元仲間と食事の約束をし、広島に到着したその足で店へと向かった。時間は、午後6時30分ごろ。店に着くと、客は入り口の大きなテーブル席にいるグループのみ。俺と仲間は店内の座敷へと案内され、ビールを頼み、おしぼりで手を拭きながら盛り上がっているテーブル席を見ると……。

 うわあ。店の大将と親しげに談笑していたのは、その日、デーゲームを終えた足で、まさに俺と同じようにして広島駅からここに直行したと思われる金本、そして下柳剛だった。この店に野球選手がいることは珍しくないが、さすがにこのクラスがいたら驚く。阪神に移籍したばかりの金本はビールを水のように飲みながら豪快に肉を焼き、口に運ぶ。何人前あるかもわからない大量の皿。さらに、そこからチャーハン。てっきりそれが締めかと思ったら、再び肉。俺は野球選手の胃袋の凄さに驚きつつ、ずっと頭の中で引っかかっていたものが巨大化していくのをひしひしと感じていた。

 それは、他ならぬ神宮での一件だ。ファンが野次るのは当然だけど、俺はずっと後悔していた。いちばん悔しいのは金本じゃないか。単なるファンが選手に謝る機会なんて無いからと諦めていたけど、なんという偶然か、いま、同じ店に金本がいる。謝るとしたらここしか無い。俺は無駄にビールをおかわりし、ハイペースで飲み進めた。